幕府の犬の冒険

うえだたみお

 僕たちは、みんな疲れ切っていた。
 真っ暗な山道をてくてくと、二刻以上は歩いたであろうか、そろそろ限界に達しようとしたころ、突然その家が、まるで魔法のように目の前にあらわれたのだ。
 罠か、などと考える間もなく、僕たちは先を争うようにしてその家に駆け寄った。

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 薩摩の国、島津藩といえば、関ヶ原の戦い以降、幕府にとっては常に潜在的な敵国である。これまでに何度も、幕府の密偵が潜入していたが、一人として帰ってきた者はいなかった。箱根八里は馬でも越すが、生きて帰れぬ島津藩……そんな戯れ歌が歌われていたものだ。
 でも、ひとごとではなくなってしまった。僕たち四人に、薩摩に潜入せよ、との密命が下ってしまったのだ。気が進まなかったが、幕府の命令とあらば仕方がない。僕たちは、江戸からはるばる薩摩までやってきた。

 しかし、この任務は完全に失敗だった。島津藩の内情を探る間もなく、幕府の密偵だということがあっさりばれてしまった。その場で捕縛されることはなんとか免れたものの、僕たちは不案内な薩摩の山に追い立てられるようにして逃げ込んだ。追手はもう、すぐそこまで来ているかもしれない……そんな不安にさいなまれながら、山道を歩いていた。もちろん、飲まず食わずである。そろそろ休まないとまずい……と思っていたとき、その家を見つけたのだ。

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「お、おい、ちょっと待てよ、もうちょっと警戒しないと……」
「大丈夫だって。どうせ無人に決まってるんだから」
「そう、それで、家の中には何もなく、一組の布団だけが置かれているはずだ」
「はずって、お前なあ……」
「で、氷室には五合徳利入りの薩摩焼酎が九十六本置いてあるわけね」
「そんなうまい話があるかよ」
 そんなこと言い合いながら、僕たちはその家の戸を開けた。

 しかし、その家は無人ではなかったのだ。大勢の男が集まって、酒盛りの真っ最中だった。
 男たちは、突然あらわれた僕たちに驚いたのだろう、口々に叫んだ。
「おはんら、何者じゃい!」
「こげな夜更けに、なにしちょるか!」
「喧嘩なら、おいどんが相手になりもんど!」

 僕は間違いに気付いた。……そうか、『薩摩の集う夜』だったのか。


(萩原さん、先に書いちゃいました)
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