原子核の徒の使途
(げんしかくやさんのつかいみち)
竹田寿之
森先生の新刊「幻惑の死と使途」を読み終えた直後、うちの弟に感想を聞きに電話を入れてみた。
大学院で原子核物理の研究をやっている弟は第11章まで読んだところだという。
「じゃ、まだ解決のところまでは読んじょらんのんじゃね。ほれじゃぁ、マジシャンの2回の脱出、どねぇにしたんか、わかった?」
「多分、著者の意図とも、普通の大多数の読者が考えている方法とも違うんじゃけど、思いついた方法がないこともないんじゃ」
「ふーん、それってどねぇな方法なん? もちろん物理的にちゃんと説明がつかんにゃぁいけんけぇ、作品の中のホームページのアンケートにあったような、超自然現象とか言うのは無しじゃけど」
「もちろん物理的にちゃんと説明がつくよ。ただし、"確率的には"ほとんどありえんのんじゃけどね」
電話口の向こうで弟がにやりと笑った気がした。
「あ、ひょっとして、"アレ"?」
「うん、多分、おにーちゃんの思っている通りじゃと思うんじゃけど」
「さすがに原子核屋じゃねぇ。量子力学のトンネル効果による壁抜けをここに持ってくるっちゅうところがいかにもじゃ」
「ばれたか。その通り」
人間のサイズではそういうことが起きる確率はほとんどありえないことは百も承知でありながら、ぼくはつっこみをいれる。
「そねぇにゆうけど、マジシャンは素粒子サイズじゃないんじゃけぇ、ほとんどありえん話じゃあないん?」
弟も分っていながら、茶々を入れ返す。
「でも、絶対にありえないっちゅうことじゃないじゃろ。本当のとこ、こういうことの起きる確率はほとんどありえんほど低いけぇ、現実にこういうことが起きるにゃぁ、宇宙の寿命程の観測年月がそれこそいくつあってもたりないんじゃけど」
「ほいじゃけぇ、もし本当に確率的にもありえるようにするためにゃぁ、犯人が素粒子サイズになるか、"不思議の国のトムキンス"の話みたいに事件現場付近だけプランク定数がめちゃくちゃ大きいことにせんにゃぁいけんのんじゃぁないん」
他人から見れば、おそらくけったいな会話をつづけながら、この設定をうまく文脈に取り込むことができて、読んだ人々が納得できるようにできれば、本当にこれで一本SFミステリィが書けるかもしれないな、ちょっと魅力的な話かもしれないなぁとぼくは思い始めた。しかし、「トムキンス」のような物理の啓蒙書とは話が違うし、これを設定で納得させるのは簡単な話ではないだろう、なんとかうまい手がないかなぁと思いつつ、言葉を継ぐ。
「まじめな話、これを真相っちゅうことにして、探偵役の人がみんなを集めたところで、こねぇな説明をはじめたら、集めた容疑者のつるし上げにあいそうじゃし、そねぇなミステリィを読まされたら『金返せ!』と叫ぶ人が山のようにいそうな気もするんじゃけど」
「うーん、そこがこの解決法の唯一最大のネックなんよねぇ」
いつものことではあるのだが、とっぴな発想で会話を続けていくのに次第に疲れてきたのか、電話の向こうは気のない返事である。そのとき、ぼくの頭に解決策が電光のように閃いた。
「あ、そうか、タイトルさえうまいこと工夫しちょきゃあええんじゃ」
突然大声になったぼくに、弟が聞き返す。
「どねぇなタイトルにすりゃぁええと思うちょるん」
「そりゃあもう、このネタの本家本元の"トムキンス"の著者に敬意を払うてね」
「うん」
「タイトルは"ガモフ邸事件"じゃね」
(この物語はフィクションであり以下略)
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