あつい密室と博士たち

阿東

 寒い、寒い冬の午後、浅野川助教授は会議室にいた。会議室とはいっても、絨毯が敷かれていたり、暖房のかかっているといった心地よい会議室とはちょっと違う。高校の教室のようなところに長机が数台と、石油ストーブが2、3台おいてあるだけの質素な部屋だった。
(質素……いや、違うな。多分、貧乏なのだろう)
 いらないことを考えながら、浅野川は窓の外を見た。外は大雪である。朝からすでに40cmは積もっていそうだ。
「……ですよね、浅野川先生」
「え? ああ、寒いですね」
 とんちんかんなことを答えながら、手をこすり合わせる。
 専攻内での会議だと、どうも気が緩んでしまうようだ。この会議室の中には、浅野川の他に、5人の同僚がいた。皆、寒そうである。早くこんなくだらない会議など、終わらせてしまえばいいのだ。現に浅野川の親友にして、さぼりの常習犯、美波助教授はいないではないか。
(そうだ、適当に理由をつけて、退出しよう)
 2時間ほど前、部屋をでる時に浅野川はストーブを付けっぱなしにしてきた。部屋は、暖かいはずである。ホクホク顔で浅野川が口を開こうとした、その時。
「浅野川センセーッ」
 ばたーん、と大きな音を立てて開いたドアの向こうには、誰などと聞かなくても解る東之園萎絵がいた。相変わらず派手な格好である。
 その姿とドアを見た教授はぼそりという。
「東之園さん……困るよ、ドア壊しちゃあ。それ、50万円もするんだから」
(嘘つけ)
 誰が見ても50万とはいわないドアである。萎絵はそんな教授を無視し、浅野川に近寄った。
「先生、大変なんです」
 またか、と誰もが思う。萎絵の「大変」はいつものことだ。
「東之園君、今は会議中だよ」
 といいつつ、この会議を抜け出そうとしていた浅野川である。顔には「早く用件をいいたまえ」と書いてあった。
「とにかく、来て下さい」
 萎絵は浅野川の手を引っ張った。浅野川は痛みを訴える。
「いた、いたたたたっ。痛い。…一体…シャレじゃないよ、一体何があったんだ?」
 廊下を走りながら聞く。息切れがする。歳は隠せないものだなぁ、と思いつつ、思考回路は萎絵の「大変」に集中していた。
 はた、と萎絵は気付く。
「あ……、そうですよね。私、先生に説明もなしにここまで連れてきちゃった。……すいません、教官。私、グズでのろまなカ」
「ああああッ。今の若い人は解らないだろうがッ。解った、解ったから東之園君、廊下に座り込んでないで、説明してくれないか」
「だって先生、会議から抜け出したそうな顔してたし」
 あの会議室のどこかにビデオカメラでも取り付けてあっただろうか……。浅野川がそう考えた時、萎絵はポソリと言った。
「火事なんです」
「え?」
「先生の部屋が」
「……え?」
「だって、先生いっつもストーブ付けっぱなしでどこかに行っちゃうし、今日に限ってドアに鍵なんてかけちゃって私入れないし……あ、先生どこに行くんですかっ」
(自分の部屋に決まってるだろうがッ!!)
 そういえば、今日は新しい鍵が届いたのが嬉しくて、部屋に鍵をかけてでてきたのであった。
「うーん、熱い密室、ねぇ……」
 浅野川はひとり、うなずいた。


(この物語はフィクションであり、実在の人物、書物等には関係がない、と思っているのは私だけかも知れない……)
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