私的自滅ジャックR

阿東

(まず先に森博嗣・著『詩的私的ジャック』を読み、その後『私的自滅ジャック』を読んでから、これをお読みください)



「先生、私の従姉をご存じですか?」
 県立T大工学部研究棟の一室に、相も変わらずよく通る東之園萎絵の声が響いた。それに反応した方は、相も変わらずぼそぼそと聞き取りにくい。この研究室の主である浅野川助教授である。このふたりは何故だか知らないが、よくここでだべっている。一体講義はどうしたんだという疑問はここで考えてはいけない。
 それはともかくとして。浅野川は萎絵の従姉など、聞いたことがなかった。
「従姉? 君に従姉なんていたのかい?」
「まあ。先生、私がキャベツから生まれたとでもお思いですか?」
「……いや、君ならあり得ないこともないだ……いやいや、何でもないよ。……で? その従姉殿がどうしたって?」
「名前は『燃絵』っていうんですけど」
「『もえ』?」
「燃焼の『燃』に絵画の『絵』。いい名前でしょ」
「すごすぎだよ……。君の名前といい、東之園家の人々は一体何を考えているんだ?」
 大体、名字も長すぎる。言いにくいったらありゃしない。そこまで考えて、浅野川は萎絵よりも自分の方が氏名の文字数が多いことに気がついた。
(口にしなくてよかった……)
「その『東之園家の人々』ってのには私も含まれてるんですか?」
「もちろん」
「そうかなぁ。自分じゃよく判らないんですけど……そうだ。試しに私と浅野川先生の子供の名前でもつけてみましょうか? 『萎平』」
「……やめてくれないか……。第一、男の子だと決まった訳ではないだろう……って違うだろ>自分!!」
 混乱して会話文中に『>』を入れてしまうあたり、浅野川もまだまだ修行が足りない。あわてふためいている浅野川を見て、萎絵はほほえんだ。
「ふふ。先生ったら照れちゃって。動揺してるのがバレバレですよ。それにしても、『東之園家の人々』っていうと、18禁パソゲーみたいでちょっとどきどきですね」
「何のことだか……。ところで本題はどうしたんだ」
「あ、そうでした。いっつもこれですね。犬が倒れてワン・パターン」
「……」
 どこかで聞いたギャグである。しかし、実際に使う奴がいるとは思わなかった。
 不穏な空気を察した萎絵は、早速本題に入る。
「……えーとですね、本題といっても大したことじゃないんですよ。『なら言うなよ』っていうつっこみはなしですよ」
(なら言うなよ)
「その燃絵ちゃんが、車を買ったんですよ」
「どんな?」
「さあ。これ書いてる奴が車に興味を持ってないので判りませんけど、それはどうでもいいんです」
「あそう」
「燃絵ちゃん、他にもいろいろ車を乗り回しているんですけど、その車、全部ナンバープレートのナンバーが同じなんですよ。私、車が一列に並んでいるのをみて驚いちゃった」
 浅野川の車は、現在T大職員駐車場の奥に止めてある1台だけだ。これだから金持ちは……。貧乏人の僻みである。
 それにしても、
(ナンバーがすべて同じ……?)
 よくそんなことができたものだ。浅野川はあきれるを通り越して、感心してしまう。そういえば、どこかでそんなものを見たような……。ふと窓の外を見やった浅野川は、煙草のパッケージを開こうとしていた手を止めた。
(……そうか)
「……ひょっとしてそのナンバー、『・303』だったりする?」
「うわあ。先生、どうして判るんですか!?」
「名前が『MOE』だからだろう? 判るよ。だって君の車も全部『・243』だったじゃないか」
 窓の外には、萎絵が無断駐車したショッキングピンクのスポーツカーが見えた。



(この物語はフィクションであり、『私的自滅ジャック』の初期バージョン(萎絵が生まれていない頃)の改良型でもあります)
おまけ
阿東さん直筆!これが萎絵の素顔だ!
☆☆GO BACK☆☆
★★GO POTALAKA'S HOME★★