眠れない工学者

阿東

「ないわ!」
 雨の降る中、少女はそれがあったはずである場所へ駆けていった。買ってもらったばかりのエナメルの靴に泥がはねたが、そんなことも気にならない程彼女は興奮していた。
 夕方までは確かにここにあったのに!
「ねえ、お母さん。あの大きなミリオン像はどこへ行ったの?」
 彼女の母親だけでなく、その他の誰も彼女の問いに答えられなかった。

 浅野川助教授と東之園萎絵は、梅干し館へ来ていた。ここに来る前から、ミリオン像が消えるという謎に萎絵がのめり込み、浅野川は辟易していた。
「先生! 先生!! 判ったわ、私!」
 バターン、と大きな音をたててドアから姿を現したのは、やっぱり萎絵であった。萎絵はネグリジェ姿のまま、浅野川の寝ていたベッドに飛び乗った。
「ぐは……っ。な、何だい、東之園君。僕を殺す気かい? それとも夜這いに来たつもりかな? ……こんな夜中に何の用なんだ」
 萎絵の用など判りきっている。浅野川は寝室に鍵がついていないことを思い出し、後悔した。
(ああ……、ドアの前にバリケードをつくっておくべきだった……)
「あら、先生。先生に私の言いたいことがわからないとも思えませんけど……」
「そういう問題じゃないよ。一体今、何時だと思ってるんだ? 子供は寝る時間だよ」
「まあ! 先生、私を子供扱いする気ですか? 私、もう子供じゃないんですよ。ほら、見てください、このふともも」
「ひ……東之園君、わざわざそのネグリジェをめくらなくてもいいから……」
「先生のためにこのネグリジェを新調したんですよ。かわいいでしょ、スケスケで」
「す、すけすけ?」
 よく見てみると、萎絵のネグリジェは胸元やふともものあたりが薄く、肌がすけていた。浅野川は目をそらし、壁にかけておいたジャケットを萎絵に着せた。
「先生、寒くないですよ、私」
「……いいから着ていなさい……」
「何が『いい』んです? ……あ、先生、ひょっとして私の魅力にクラクラですか?」
「死語だよ、東之園君……」
 浅野川は言いながら当初の質問がはぐらかされていることに気がついた。萎絵の方を睨み、話を元に戻す。
「……まあ、そういうわけで、話なら明日いくらでも聞くからさ……、今日のところは寝かせてくれないかな」
 そう言って毛布をかぶり直そうとした浅野川に、萎絵は
「4,3,2,1,ぽーん。12時です、先生。さあ、思う存分話を聞いてください」
と、にっこり笑って毛布を奪った。
「それでですね、ミリオン像がなかった理由ですけど、これは簡単に説明がつきます。像は裏にあったんです。プラネタリウムに私たちはいたでしょう? その間に正面に向けられていたんです」
 こっちの言い分を聞かずに勝手に話し出す萎絵にベッドを椅子がわりに使われた浅野川は、仕方なくソファに場所を移す。
 今、萎絵が話した回答は、すでに頭の中で考えられていた。
「プラネタリウムで、廻っていたのは空ではなく、僕たちの方だったというわけだろ?」
「空? 何のことです?」
「何って……、え?」
「梅干し館でしょう? 廻っていたのは」
「は?」
 浅野川は自分の耳を疑った。
「プ、プラネタリウムだけじゃなくて?」
「そうですよ! どうしたらプラネタリウムだけが廻るんです? やっぱり梅干し館全体でないと」
「何故……」
「プラネタリウムだけなんて、スケールが小さい、小さい! 人間、もっと大きく考えなきゃ!」
 こんなことで僕は無理矢理起こされたのか……。浅野川は3秒後にあきらめた。どうせ、目は完全に覚めてしまったのだ。どうも萎絵といるとあきらめることが多いような気がする。それにしても、大学にいるよりも多いというのはどういうことだ?
「えーと、この梅干し館の敷地は土です。このへんに書いてありますよね。ですから、館が動いた跡も、雨が洗い流してくれるんですよ! そのために天気が悪い日にしかこのマジックはできなかったんです。もう、完璧でしょ!」
「どうやったら館ごと動くなんて考えつくんだか……」
「何か言いました? 先生」
「いや、何も」
「何かにありましたよね、館ごと移動するトリックって。確かIN☆POCKETに掲……」
「あああッ! 言わないでくれよ、まったく……」
 ふと浅野川の頭に疑問が思い浮かんだ。
「でも、梅干し館は珠が3つつながったような建物だよ。プラネタリウムを中心に点対称に180度回転したら、裏にあるミリオン像に引っかかってしまう。そこの処はどうなんだい?」
「それもばっちりです」
と言って、萎絵はない胸を張った。
「実はあのミリオン像は、地下に潜れるようになっているんです。完全に潜ってしまえば館に引っかかることもないでしょう?」
「……無茶言うなあ。それじゃあ、初めからミリオン像を地下に潜らせて、そこをみんなに見せれば早いんじゃないかな? わざわざ館ごと回転しなくても」
「天才の考えることは判りませんよね……」
 首を傾げた天才と紙一重の誰かさんの台詞に浅野川は吹き出す。
「先生! 笑わないでください!! 何が可笑しいんですかっ」
「今、それとどっこいどっこいの推理を思いついたよ」
「え? え? 何です? 聞かせてください!」
「博士はドラえもんのポケットを持っていたんだ」



(この物語はフィクションであり以下略)
おまけ

☆☆GO BACK☆☆
★★GO POTALAKA'S HOME★★