おふみ前夜

水人(minato)

 排除しなければならない。


 それしかない。そうすればすべてうまくいくのだ。


 荒れる肌、蓄積していく連夜の睡眠不足、狂う生活リズム、そして増加の一途を辿る電話代。それに比例して日に日に険しくなっていく、家族の眼。

 デイスプレイに視線を落とす。

 彼らの所為なのだ。
 近づかなければよい。確かにそれもひとつの解決法ではある。
 いや、本来その選択が最良のものであるはずなのだ。
 そうすれば、すべてがうまくいくのだから。
 それはわかっている。
 何度も辿り着いた結論なのだから。
 そして、そうすることができないことも・・・・

 先行していくイメージ。
 今思えばそれが始まりであったろう。
「会議室」という空間で紡ぎだされていくイメージ。
 現実のものとはかけ離れてしまった、実体のない虚構の存在。
 それはもはや彼らの中の存在でしかない。
 誰も知らないのだから、現実の存在を。
 だからこそ、行うことができる。
 成功させることができる。
 条件はすべて整っている。
 布石もすべて打ってある。
 あとは・・・・・・待つだけだ。


 ・・・全員である必要はない。
 そのなかの数人で事足りるのだ。
 しかし、たとえ全員を目標とすることになったとしても、たいした変わりはない。
 むしろそのほうが好ましいともいえる。
 どうせならみんな消えてしまえば良いのだ。
 そのほうがリスクが少ないのだから。

 薄暗い部屋。デイスプレイがその暗がりと溶け込むように鈍い光を放っている。
 壁にかかっている時計の針は6時を指そうとしていた。
 この季節としては、慎ましいくらいの光が部屋に差し込む。

 そろそろ家族が眼を覚ます頃だ・・・・。
 ・・・・・・それに、もういかなければならない。

 軽く頭を振り、再びキーボードを打ち始める。
 その手元には、いささか古びた、某作家のノベルスが置かれていた。


 某所。手に入れたばかりのノベルスに目を通す。
 ここに来ない限り、今日読むことは不可能だったろう。
 少なくともあと20日はかかったはずだ。
 しばらく読み耽っていると、前に人の立ち止まる気配があった。
「・・・・あの、すみません。おふみの方ですか?」
 それは質問というより、確認といった響きがあった。
 ・・・・・始まってしまった。
 だが、ここでやめることもできる。
 いまなら行きかえすこともできる。
 一言「違う」というだけで良い。
 何事もなかったかのように、参加するだけでも良い。
 しかし、今更後戻りはできない。
 もう歯車は回りはじめてしまったのだ。
 止めることは誰にもできない。
 誰にも・・・・・できはしない。


「ええ、そうです。はじめまして、わたしは・・・・」
 数瞬の後、彼女は艶やかに微笑んで答えた。




(この作品はフィクションであり以下略)
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