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「えーっ、この壷と箱、ねんど星人からもらったんですか! 先生、すごい!」
浅野川の研究室でそう叫んだのは、もちろん萎絵である。浅野川は、苦笑しながら答える。
「今のはジョークだよ、ジョーク。そんな馬鹿なことがあるわけないだろう。ほんとは、岐阜のさる旧家から研究のために預かってきたものだよ」
「猿の旧家ですか? わかった、犬山モンキーセンターですね?」
「あのねえ、東之園くん、そのジョークは7分の3世紀ほど古いよ」
「ええ、お父さまがよく言ってました……あれ? でもこの壷、ほんとに何か入ってますね」
「そうだ、その壷には、箱を開けるための鍵が入っている。でも、鍵は壷の口より大きいんだ。だから取り出すためには……こらこら! 東之園くん! 床にたたきつけて割ろうとするんじゃない! 壷を壊さずに鍵を取り出さないといけないんだから!」
萎絵は残念そうに、頭上に振りかざした壷をデスクの上に戻した。
「割るのが一番簡単なんだけどな……」
「駄目だよ、東之園くん。その壷は時価300万円もするんだ。持っていると幸運を呼ぶ、というオマケもついている」
「それじゃあ、割るわけにはいきませんねえ……あっ、この壷、私の手なら入りそう」
萎絵は左手を壷の口に突っ込んだ。かなりきついが、なんとか入ったようだ。
「あった! これが鍵ですね! これをつかんで、あとは手を抜けばOK……って、先生! 手が抜けません!」
浅野川は呆れて言った。
「あたりまえだろう。一体きみの脳味噌は何グラムあるんだ?」
「さあ……少なくとも読者よりは重いはずですけど。……でも、鍵を離しても抜けません! 先生、助けて!」
「やれやれ、しかたない。……いいかい、東之園くん、手はすでに抜けているよ」
「え? どういう意味ですか?」
「壷の中に手を突っ込んでいる、と考えるからいけないんだよ。どっちが中でどっちが外か、それは、きみが決めるんだ」
「なるほど、わかりました! こっちが外!」
……何もない空間。
その漆黒の闇の中にぽつんと浮かんでいるのは、鍵と壷である。その壷の口からは、人間の左手……手首から先だけが突き出ている。やがて、その手はゆっくりとVサインを作った。
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「……とまあ、こんな話を考えてみたんだけど、どうだろう東之園くん?」
「駄目です! この話、私がマヌケすぎます! 却下!」
「やれやれ、やっぱりそうか」
浅野川は肩をすくめる。となりに立っていたねんど星人も肩をすくめて言った。
「言っておきますが、お金の入っている方が中、という定義ですからね」