第65回   パジェロ、訪問者、その他の短編 1996.11.22


 本日は、一回分に相当するだけの大ネタがなかったので、小ネタを四本お届けします。
 小ネタだからと言って馬鹿にしてはいけません。高原の小ネタを大切に。


パジェロ
 三菱自動車のパジェロという車がある。なかなかいい車だが、ボディーカラーのバリエーションが少ないのが残念である。もっと多彩な色があればいいのに。赤パジェロ黄パジェロ茶パジェロ。


訪問者
 私の家の隣には、奇妙な家がある。
 建物自体は、別に奇妙ではない。何の変哲もない、一戸建ての木造住宅である。小さな庭には、木が数本植わっている。
 しかし、誰も住んでいる気配がない。夜になっても、電灯がついているのを見たことがないのだ。
 それだけなら単なる空き家なのだが、時々訪問者がある。訪問者は老若男女さまざまで、インターホンを押してから門をくぐるところを見ると、住人ではないらしい。そして、奇妙なことに、その訪問者が出てきたところを見たことがない。
 私が見逃しているだけなのかもしれないが、一度も見ない、というのはやはり不自然である。私はそれが気になっていた。
 そしてある夜。帰宅時に問題の隣家の前を通りかかると、一人の男が門から入ろうとしているところだった。
 いい機会だ。今日こそ、隣家の謎を解明してやる。私は急いで帰宅すると、妻へのあいさつもそこそこに、物置から脚立を持ち出して庭に出た。妻は不審げに眺めていたが、気にしてはいられない。
 脚立に登り、塀の上から隣家をのぞく。
 隣家の庭に、先程の男がいた。目がうつろで、足どりもおぼつかない。催眠術にでもかかっているようだ。男は私に気付いた様子もなく、一本の木に近づいていく。暗くて判然としないが、どうやら柿の木らしい。
 男が木の前で立ち止まると、足下の地面が動いた。土が割れ、何か細長いものがあらわれた。蛇? ‥‥いや、あれは根だ。木の根が地面の中からあらわれたのだ。
 私は固唾を飲んで見続けた。根は、まるで蛇のように鎌首をもたげると、恐ろしい速度で男に向かっていく。
 木の根が男の体に突き刺さった。先端は背中へ抜けている。ちょうど心臓の位置だ。たちまち、男の体から血が吹き出す。男は悲鳴も上げず、わずかに体を痙攣させると、がくりと頭を垂れた。絶命したのだろう。
 その光景を、私は息もできずに見つめていた。
 根はゆっくりと動き、男の死体を本体の方へ運んでいく。そして、木の幹が割れた。割れた幹は、まるで怪物の顎のように見える。男の死体が暗黒の顎の中へ消えると、口を閉じるように幹が元に戻る。何かを咀嚼するような不気味な音が聞こえてきた。
 私は脚立から転げ落ち、テラスから家の中に戻る。何ということだ。あの木は、食人植物だったのだ。今までの訪問者は、すべてあの木に食べられてしまったのだろう。
 私は居間へと転がり込み、そこにいた妻に事情を説明しようとした。
「と、と、と‥‥」
 舌が回らない。まるで早口言葉を喋ろうとしているかのようだ。妻がいぶかしげに見つめる。
 私は、一度深呼吸をすると、今度はゆっくりと言った。
「と、となりの柿はよく客食う柿だ」


アホな男
 漢字を知らないアホな男は、ちゃんと辞書を引きなさい。辞書はもちろん、広辞苑がいい。男どアホウ広辞苑。


四神相応
 風水説によれば、京都は四神相応の地、霊的に守護された土地である。ここに平安京がつくられたのも、まさにそれが理由だ。
 四神が相応する場所に都をつくれば、そこは大地の気の祝福を受けて永遠に栄える、とされている。
 四神とは、方位・地形・季節・色などを象徴する四体の神獣のことだ。以下の四体である。
  玄武 北・高山・冬・黒
  青龍 東・河川・春・青
  朱雀 南・湖沼・夏・赤
  白虎 西・街道・秋・白
 京都の北には、船岡山がある。東には鴨川が、南には、今は埋め立てられてしまったが、巨椋池が、そして西には山陰道がある。さらに、鬼門を守るのは比叡山延暦寺である。京都は四神によって守護されているのだ。
 では、この四神は具体的にどんな外見をしているのか。もちろん、想像上の動物なのでさまざまな説があるのだが、典型的なものを紹介しよう。
 玄武は、亀と蛇が絡み合った架空の動物の姿をしている。高松塚古墳の壁画などで見た人もいるだろう。
 青龍は、龍そのものである。西洋のドラゴンではなく、東洋の龍。『ドラゴンボール』の神龍(シェンロン)が、かなり忠実にその姿を表現している。
 朱雀は、炎を帯びたような鳥である。火の鳥、と言った方がわかりやすいかもしれない。
 それでは、白虎は? 残念ながら、それは秘密である。ひみつの白虎ちゃん。



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