第105回   まりつき(よくある怪談2) 1997.1.19


 その日は雨だった。
 時刻は夕方。私は、家から駅へと通じる道を歩いていた。道は狭く、車がやっとすれ違えるほどの幅しかない。
 ちょうど、神社のそばにさしかかったときである。私の横を、大型トラックが猛スピードで走っていった。跳ね上がるしぶきが私にかかる。
「‥‥ちくしょう!」
 そう言ったのと同時に、急ブレーキをかける音が聞こえた。それに続いて聞こえた女性の悲鳴。私は、思わず駆け出していた。

 トラックは、ブロック塀にぎりぎりのところで停車していた。タイヤのゴムの焼けるにおいがあたりにたちこめている。トラックの運転手は、運転席に座ったまま硬直していた。
 そのトラックのそばに、悲鳴をあげ続けている女性がいた。その女性は、何かを車輪の下から取り出そうとでもするかのように、下をのぞいたりタイヤのまわりをぐるぐるとめぐったりしていた。タイヤの下には、布きれのようなものが落ちている。
 私は、その様子を見ようと回り込んだ。その女性がタイヤの下から持ち上げようとしているものが見えた。
 それは、人形のようにぐにゃぐにゃになった幼い女の子の体だった。しかし、その頭部はタイヤの下に完全に潜り込んでいる。
 その女性は、悲鳴をあげながら少女の体を抱こうとしているのだが、頭部がタイヤの下にはさまっているので抱けない。やがて、彼女は何を思ったのか、少女の両足を握ると、タイヤに足をかけて少女の体を引き抜いた。ビチッといういやな音が響く。
 彼女は、少女の体を抱きしめる。白い服が、噴き出す血でみるみる赤く染まっていった。
 そのとき。私と彼女の目があった。彼女は、悲鳴をあげながらこちらへ走ってくる。私は悲鳴をあげると逃げ出した。
 かなり走ってからうしろを見ると、もうその女性はいなかった。もはや外出する気もなくなった私は、そのまま家路についた。
 その事故は、翌日の新聞に載っていた。

 しばらくして、神社に子供の幽霊が出る、という噂が立った。それを聞いた私は、「見てやらなければいけないのではないか」という妙な義務感に駆られて、深夜、その神社へと向かった。
 境内には誰もいない。街灯の光も届かないここは、暗闇に近かった。
 しばらく歩き回る。そして、本堂をめぐる外廊下の一角の様子がおかしいのに気付いた。そこには、白い霧のようなものが立ちこめている。目をこらして見ると、その霧の中にかすかに、おかっぱ頭の女の子の姿が見えた。
 私はあわてて逃げ出した。

 帰宅すると、私はすぐに布団をかぶった。しかし、恐怖に興奮したためか、なかなか眠れない。目をつぶって、無理矢理にでも眠ろうと努力した。

 それでも、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。どれくらいたっただろう、私は、奇妙な物音で目をさました。遠くでポンポンとボールをついているような音だ。
 音は次第に近づいてくる。私は身動きもできずに、その音の行方だけを耳で追っていた。
 そしてついにその音は、家の中にまで入り込んできた。私は目を閉じ、何も見ないようにした。目を開ければ何が見えるかは想像がつく。
 ボールをつく音は続いている。しかも、いつの間にかその音は、ドスッドスッという重い音に変わっている。部屋の中に、ゴムの焼けるにおいがただよってきた。私は布団の中で息を止めていた。何かが畳の上を歩いている。
 手からはずれたのか、ドスッという音が突然止まり、こぼれたボールが転がってきて私の枕にぶつかった。息を潜めていると、なにものかがボールを探すような気配がしている。
 こっちに来る!
 そう思った瞬間、枕元にあったボールがつぶやいた。
「‥‥あそぼ」

 その後、事故のあった道にはお地蔵さまがつくられた。私も毎日、そのお地蔵さまに供えものをしている。
 それ以来、少女の幽霊は出ていない。なぜかというと、供えあれば幽霊なし、だからだ。


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