まだ『ストリートファイター2』ブームが全盛期だったころの話である。
私は、銀座のゲームセンターにやってきた。なぜわざわざ大阪から、と思うかもしれないが、他の格闘ゲームならいざ知らず、『ストリートファイター2』だけは、東京、それも銀座のゲームセンターでプレイしなければならないのだ。なぜかというと、東京でスト2〜、銀座でスト2〜、だからである。
私がスト2の筐体にたどりついたのは、ちょうど一戦が終わったときだった。さっそく空いた椅子に座る。見知らぬ他人と対戦できるのが、このゲームの面白いところだ。
対戦相手は、二十代半ばくらいの女性だった。ショートカットに、かすかにメッシュを入れている。私はケン、彼女は春麗を選び、ゲームが始まった。
私は唖然とした。彼女は恐ろしく強かったのだ。まったくダメージを与えられずに、あっさりと負けてしまった。この私に勝てる者が、この世に存在したとは‥‥。全国大会でトップを取れるかもしれない。私は、彼女に敬意を表し、こう言った。
「名を、聞いておこうか」
「ひとみ。君野ひとみ、よ」
なるほど、君野ひとみが一番取るぞ、か。
「おい、なにやってんだ! 負けたなら、さっさとどけよ」
後ろからツッコミがはいったので、私は退散した。少し離れて煙草を吸いながら、ひとみのプレイを観戦する。
何人かに続けて勝ったあと、ひとみは椅子を離れた。私の方に来る。私は聞いた。
「どうした? 負けたのか?」
「ううん、負けてないけど‥‥相手の人が、『賭けないか?』って言うんだもの。そういうの、趣味じゃないから」
そうか。賭けスト2が好きそうなタイプだと思っていたが、違ったようである。ひとみは賭けに寄らぬもの、だ。
私とひとみは、しばらくゲームの話で盛り上がっていた。そして、ふと、ひとみの年齢が気になったので、まあ大体想像はついたが、聞いてみた。24才、ということだ。やはり、二十四のひとみ、だったか。
そうこうしているうちに閉店時間近くになった。スト2も、今は誰もプレイしていない。私はひとみにリターンマッチを申し込んだ。
‥‥ダメだ。やっぱり勝てない。またもや、ダメージを与えられずに負けてしまった。
私とひとみはゲームセンターを出た。もう少し話をしたいと思ったので、一緒に近くのショットバーに入る。私はマルガリータ、ひとみはマンハッタンを注文した。ひとみとグラスを合わせ、当然、私はこう言った。
「君野ひとみに完敗」