第127回   自転車泥棒 1997.4.1


 今日は4月1日、特別な日である。そう、今日から泥棒を始めると縁起がいいと昔から言う。そういうわけで、私もさっそく自転車を盗もうと、駅前のパチンコ屋へ向かった。
 パチンコ屋の前は、相変わらず自転車であふれかえっている。ここは本来放置禁止区域のはずなのだが、守っている者はいないようだ。

 余談になるが、こういう所に「自転車放置禁止」と書いた看板を立ててもほとんど効果はない。では、どうすればいいか、といえば、看板にこう書けばいいのだ。
 『自転車捨て場:ここに捨ててある自転車はすべて粗大ゴミです。入用の方はご自由にお持ち帰りください』

 閑話休題。私は、どの自転車を盗もうかと、端から物色していった。
 最初の自転車は‥‥けっこういい品だったが、荷台に幼児が放置されている。おそらく、母親は今ごろパチンコに熱中していることだろう。とんでもない母親である。これを幼児ごと盗むと面倒なことになりそうなのでやめておこう。
 次の自転車は‥‥これもよさそうだったが、よく見ると「たかの」と名前が書いてある。なぜか、涙が出てきた。かわいそうなので、これもやめておこう。
 その次の自転車は‥‥これは高級品だ。外国製である。しかし、残念ながら左ハンドルだった。私は、左ハンドルの自転車は運転できないのだ。これもやめ。
 そのまた次の自転車‥‥これならいけそうだ。と思って、錠に手をかけたとき、後ろから声がした。
「おい、おれの自転車をどうしようっていうんだ?」
 まずい。持ち主だ。振り返るとヤクザいた。
 よりによって、ヤーさんの自転車だったとは‥‥これは、なんとかしてごまかさねばなるまい。とりあえず私は、記憶喪失のふりをした。
「私は誰? 木の葉のこ?」
 しかし、ヤーさんは怖い目をしてにらんでいる。どうやらこれはウケなかったようだ。それなら、これはどうだ?
「申し訳ない。『遺憾の意』を表明します。ちなみに、大阪弁では『あかんのあ』」
 ダメだ。これも効果がない。そろそろネタ切れになってきた。いったい、どうすればいいのか? 私は、放心状態になっていた。
「おい、なにボーッとしてやがる!」
「‥‥いえ、これは演技です。放心演技」
 これもウケなかった。どうやら、ヤーさんにはむずかしすぎたようだ。
「なめるんじゃねえぞ、てめえ!」
 やばい、殴られる‥‥と思ったとき、救いの神があらわれた。
「なにぐずぐずしてるの! 早くいらっしゃいよ!」
 まだ若い女性である。奥さんだろうか、急にヤーさんはおとなしくなった。
「だって、こいつがおれの自転車を‥‥」
「急いでるんだから、放っときなさい! ここでぐずぐずしてると、奥さんに見つかるわよ!」
 どうやら奥さんではないようだ。すると、二号さんだろうか。
「わ、わかったよ‥‥」
 二号さんに引きずられるように、ヤーさんは去っていった。どうやら助かったようである。
 しかし、ずいぶん情けないヤーさんだったな。めかけ倒し、ということか。


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