小さな島の陰に隠れて、ぼくは待っていた。息をひそめ、耳をすます。
海は暗い。いつも暗かった。
いや。ぼくは覚えている。昔の海は、もっと明るかったはずだ。そう、ぼくが母さんと一緒にいた頃の海は。
あれは、いつのことだったろうか……。
ぼくが生まれたのは、穏やかな波が打ち寄せる小さな入り江だった。海は明るく、暖かかった。
母さんがいた。そして、同じ時期に生まれた仲間たちもいた。
仲間たちと魚を追い、遊び、泳ぎ、眠る。この暮らしが、いつまでも続くと思っていたが、ある日、船がこの入り江にやってきた。
母さんから話は聞いていたが、見るのは初めてだ。ぼくは好奇心を押さえきれず、仲間たちとともに船に近づいていった。
船は大きく、ぼくの体の何倍もあった。鼻先でつついてみても固くて冷たい。ぼくはぐるぐると船のまわりをまわった。
突然、体が思うように動かなくなった。何かが体に絡まっている。海草より細く、海草より強かった。いくらもがいても脱出できない。ぼくの体は引きずられていった。
ついに海面から出た。さらに引き上げられる。そしてぼくは、船の上にいた。体が動かない。まわりには、見たこともない奇妙な生き物が沢山いた。
それ以後のことは、よく覚えていない。
小さな島の陰に隠れて、ぼくは待っていた。息をひそめ、耳をすます。
海は暗い。いつも暗かった。
気がつくと、ぼくはこの暗い海にいたのだ。どこで何をしていたのか覚えていない。しかし、体はずいぶん大きくなり、泳ぎも速くなっていた。
そして、この海に来てから、何かがささやくのだ。耳元で。いや、頭の中で。
戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 戦え!
その声を聞いていると、心の中にどす黒いものがわき上がってくる。めちゃくちゃに泳ぎ回って、戦いたくなってくる。しかし、そういう戦い方ではいけないと、なぜかぼくは知っていた。
だから、待っているのだ。
小さな島の陰に隠れて、ぼくは待っていた。
何を?
もちろん、敵を。
敵はなかなかあらわれなかった。ぼくは待った。ずっと待った。お腹もすかなかったし、眠くもならなかった。じっと、ぼくは待っていた。
どれくらいの時が過ぎただろう。ぼくの目がはるか彼方の小さな光をとらえた。ついに、敵があらわれたのだ。
すぐに飛び出していきたい心を必死に押さえつけた。敵はまだ遠い。
敵の進路を予測する。もうすぐ、この島のそばを通るはずだ。そのときがチャンスである。全速力で飛び出して、敵の背後を突く。そして、速攻で倒すのだ。
ぼくは待った。もうすぐだ。もうすぐ戦える。
敵が島のそばを通り過ぎた。今だ。
ぼくは一気に飛び出した。体中に力がみなぎる。どんどん速度を上げて泳ぐ。一旦見えなくなった敵の背中が、だんだん大きくなってくる。ぼくは嬉々として、まっすぐに追いかけていった。
ふと、微妙な違和感を感じた。おかしい。敵の泳ぐ音が、さっきとは違う。体も、さっきより小さい。これは……敵の流したダミーだ!
右へ旋回しつつ速度を落とす。全身を耳にして、後方に集中する。いた。敵はちょうど、ぼくの隠れていた島の背後から出てくるところだ。間に合うか?
なかなか速度が落ちない。急激に旋回したため、体がきしむ。こうしている間にも、敵は近づいてくる。
敵の体が光った。魚雷を発射したようだ。8本の魚雷が、不気味な音をたてて近づいてくる。ぼくはあせった。この魚雷を回避し、敵を倒さねばならない。
進路を少し、上に向ける。少しは時間が稼げるはずだ。逃げながら、必死で敵の進路を計算する。ようやく答が出た。これで撃てる!
ぼくは、体内の魚雷をすべて、敵に向けて撃った。魚雷は敵の予想進路へと進んでいく。
戦果を確認しているひまはない。敵の魚雷から逃げなければ。必死に加速・減速を繰り返し、魚雷を避けていく。1本目、2本目、3本目……7本目まではかろうじてかわしたが、最後の1本がよけきれなかった。右腹に命中し、爆発した。轟音と閃光の中で、ぼくは気を失った。
気を失う寸前に、ぼくは見た。
暗い海のはるか彼方、ちいさく輝く点を。頼りなげな光だが、妙に懐かしい感じがした。
体は大破したが、かろうじて生きているようだ。しかし、意識はまだはっきりしない。
こういうときは、どうすればよかったか……。基地に……帰投せよ……基地は……どこだ?
さっき見た小さく輝く点が妙に気になった。あそこに……本当の海がある……入り江がある……母さんがいる……なぜわかる?……わかるんだ、なぜか。
メモリを検索する。奥の方に、あの小さく輝く点のデータがあった。これで……帰れる……帰れる?
最後の力を振り絞って、進路を変える。小さく輝く点との邂逅軌道に乗った。
これでたどり着けるはずだ……そう、いつかは……。
……ぼくの意識は次第に薄れていった……。
セレス前線基地よりガリレオ連邦共和国軍統合作戦本部(ガニメデ)への定時連絡より抜粋
『……小惑星ケペル軌道上で作戦行動にあたっていた無人戦艦ドルフィン−3は、地球連合軍無人戦艦エクスカリバー型と遭遇、これを撃破。しかし、ドルフィン−3も大破、識別信号途絶。制御システム搭載大脳は回収できる可能性があったが、高コストのため断念。同宙域には、引き続き同型艦を配置する……』