第161回 獄中より 1997.12.23
私は今、拘置所の中でこの手記を書いている。面会に来た知人に託して更新してもらう予定だが、はたしてうまくいくかどうか心許ない。もっとも、あなたがこれを読んでいるということは成功したということだが。
そもそもなぜ私が拘置所に入ることになったのか……話は、三日前にさかのぼる。
三日前の深夜。私と友人は黒ずくめの服にシャベルや懐中電灯などの道具を持ち、仍兀塚古墳へと向かった。非合法の発掘作業……平たく言えば、盗掘をするためである。
そもそも、盗掘しようと言い出したのは友人の方だ。この友人は某大学で考古学を研究しているのだが、古い文献の中にこの仍兀塚古墳にとてつもない宝が眠っているとの記述があることを発見したのだ。
そこでこの友人は……うむ、どうも「友人」では日記が書きにくいな。
「いっておくが、おれの本名は出さないでくれよ。学者生命にかかわるからな。……阿倍野生まれだから阿倍野とでも呼んでくれ」
「いや、阿倍野と言われても……」
「そうだ、ファーストネームはヒデキにしよう」
阿倍野っと言われても、ヒデキ〜。
というわけなので、以後ヒデキと書くことにするが、とにかくそのヒデキが私に盗掘の手伝いをしてくれという話を持ち込んできたのだ。なぜ並みいる勇者の中から私が選ばれたかというと、仍兀塚古墳の近くに住んでいたからだ。どれくらい近いかというと、玄関開けたら2分で古墳、というくらい近いのだ。
それはそうとして、この古墳にはいったいどんな宝が眠っているのだ? 私はヒデキに聞いた。
「それはそうとして、この古墳にはいったいどんな宝が眠っているのだ?」
「うん、実はな、ニュートンの宝なんだ」
「ニュートンって、あのニュートンか?」
「そう、あのニュートンだ。例の文献によると、ニュートンは日本で死に、あの古墳はニュートンの墓だという話なんだ」
「しかし、そんなことが……」
「あるかもしれないさ。何しろ、日本にはキリストや釈迦やマルコ・ポーロや源義経の墓さえあるくらいだからな」
ここで、ニュートンを知らない人のために少し解説しておこう。
アイザック・ニュートン。1642年イギリス生まれ。「万有引力の法則」の発見者として有名。
万有引力の法則について説明するには、古代ギリシャまでさかのぼる必要がある。当時は、物体の動きは「力の加わったときだけ動く強制運動」と考えられていた。この学派の中心にいたのは、プラトンの弟子であったアリスとテレスという双子の姉弟である。
そしてその後、古代ギリシャにおいて地動説を唱えたのは……と説明していこうと思ったが、あまりに長くなりすぎるため割愛する。代わりに、ニュートンの有名なエピソードを一つ紹介しておこう。
ニュートンが子供の頃、リンゴの木の枝を切ってしまった。そこへ父親がやって来て、誰が切ったんだ、と騒ぎだした。黙っていれば誰の仕業かわからないのに、ニュートンは正直に「ぼくが切りました」と言ったという。
これが有名な「ニュートンとリンゴ」の話だ。つまり、ウソをつかずに正直に生きよ、という教訓である。
なお、その昔、笑福亭鶴光が「ニュートンの色は?」というギャグを使っていたが、これはまったく関係がない。
その「ニュートンとリンゴ」の教訓に従わずにこうやって盗掘しようとしているのだから何をか言わんやだが、とにかく私たちは仍兀塚古墳へ到着した。
「で、具体的にはどんな宝物なんだ?」
「もちろん、ニュートンが日本で死んでいた、ということ自体が大発見だが、それだけじゃない。ニュートンの日記やメモ、論文の草稿、『万有引力の法則を説明するには余白が足りない』と落書きされた本、その他……」
「それはすごいな」
「もっとすごいぞ。なにしろ、ニュートンの遺体が生きているときそのままの姿で安置されている、というんだから」
壁に開いた穴から突如射出される毒矢、狭い通路を転がり落ちてくる石球、落とし穴の下で待ち受ける竹槍、「読んだぞ」と書かれた押しボタン……侵入者を阻む恐ろしい罠の数々をくぐり抜け、私とヒデキはついに墓室へ到着した。
しかし、そこには何もなかった。床に灰と骨のかけらがいくつか転がっているだけだ。
「なんてことだ……」
「どうやら、すべて燃えてしまったようだな。ニュートンは火葬にされたらしい。日記やメモと一緒に」
「苦労してたどり着いたのに、これが結末か……」
まさに、ニュートン荼毘とはこのことである。
その時、何人かの人間が駆け付けてくる足音がした。まずい。見つかったか。
懐中電灯の光が私たちをとらえた。
「誰だ!」
夏でもないのに誰何の声がした。制服を着た男たちである。宮内庁特殊急襲部隊だ。たちまち、私たちは捕まってしまった。
そういうわけで、私は今、拘置所でこれを書いているのだ。ヒデキは別の部屋に入れられているため連絡は取れない。
このまま刑に服するしかないのか、とも思ったが、まだ望みはある。実は、昨日取り調べ官がやって来て、このような取引を持ちかけたのだ。
「いいか、もしお前たち二人とも黙秘しているなら、二人とも懲役一年の罪だ。しかし、もしお前が自白するなら、反省しているとみなして不起訴処分にしてやろう。もっとも、この場合ヒデキの方は懲役十年は確実だがな」
「二人とも自白したらどうなるんですか?」
「うむ、そのときは、二人とも懲役五年だな」
なるほど、つまり、自白したら自由の身になれるわけだ。
実を言うと、私は新たな情報を握っている。日本にスティーヴン・ホーキングの墓があり、そこにとてつもない宝が眠っているというのだ。この宝は、必ず私が探し出す。だからヒデキよ、安心して服役してくれ。
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