第173回 あなたにとどけ、この想い 1998.3.8
「ごめんなさい、お友達でいましょう」
それが彼女の言葉だった。
オフミで会うこと数回、彼女とはけっこう話も合ったし、今度こそ成功するだろうと思い、ようやく二人きりで会う約束を取り付けて愛を告白したというのに、あまりにも無情な返答だった。
なぜだ。必ず恋が成就するというおまじないまでしていたのに。
彼女の顔色は青かった。体調がよくなかったのだろうか、挨拶もそこそこにさっさと立ち去ってしまった。あとに残されたのは、茫然自失としている哀れな男、すなわち私である。
どうやら、またふられてしまったようだ。何回連続でふられたか、すでに記憶も定かではない。ふられ続けて三十年、私の人生にはまだ春はこない。
しかしなぜ、これだけふられ続けるのだろう。何も悪いことはしていないのに。おまじないまでして努力しているのに。どこに原因があるのか、さっぱりわからない。
もうひとつわからないのは、私が好きになった女性が不幸に見舞われることが多いのだ。いや、もしかしたら不幸な女性を選んで好きになっているのかもしれない。
たとえば。
仕事中に掲示板やチャットに書き込みしすぎて会社をクビになり、失意のうちに故郷の新潟に帰っていった女性がいた。
毎日深夜までインターネットをやり続け、ある朝起きたらすでに十時半であわてて会社に電話して半休にしてもらった女性がいた。
監査前で仕事が山のようにあるのにインフルエンザにかかってしまい、微熱をおして毎日深夜まで残業し、監査が終わると同時に寝込んでしまった女性がいた。
病院を脱走した患者に早朝の五時に自宅まで押し掛けられ、救急車とパトカーまで呼ぶ騒ぎになってしまった女医がいた。
その他、病気になったり事故にあったりした女性は数知れず、風の噂に聞いたところによると死んでしまった女性も三人ほどいたらしい。
こんな不幸に見舞われる女性もすごいが、それらの女性にことごとくふられてきた私もすごい。自慢することではないだろうが。
まあいい。私の愛を受け入れなかった女性たちにはもう用はない。すでに次の恋人候補がいるのだ。やはりオフミで出会った女性である。この女性にも、今までどおり恋が成就するおまじないをかけることにしよう。今度は、うまくいくだろう。
このおまじないを知ったのは、いつ頃だったろうか。かすかな記憶によれば、幼稚園時代のことのようだ。それ以来、女性を好きになるたびにこのおまじないをくり返している。これを読んでいるあなたも、試してみてはどうだろうか。
……などと、他人の心配をしている場合ではなかった。何よりもまず、自分の恋愛が大事である。
恋が成就するおまじないには、その女性の髪の毛が必要である。こういうこともあろうかと、先日のオフミで会ったときに席に落ちた抜け毛を拾ってきたのだ。抜かりはない。この髪の毛をわら人形の中に仕込み、深夜、神社に行って願を掛けるのである。
さっそく、今夜にでも実行することにした。人々が寝静まったころ、五寸釘と金づちを持って出掛けよう。
今度こそ、私の想いがいとしいあなたにとどきますように……。
第172回へ / 第173回 / 第174回へ
目次へ戻る