第193回   禁断の言葉  1998.7.12





「……そして、五十六億七千万枚の位牌によるドミノ倒しは、見事に成功しました。主催した寺では、この記録を世界の色々な記録を集めた本に申請する、と言っています」
 こう語ったのは、NHKのアナウンサーである。
 一瞬、何のことかわからなかったが、すぐに気付いた。『世界の色々な記録を集めた本』とは『ギネスブック』のことだ。NHKは、具体的な商品名や企業名を言ってはいけないことになっているのである。しかし、こういうもってまわった言い方は、なかなか面白い。他にどんな例があっただろう。

『たまごっち』ブームの時、NHKではなんと言っていただろうか。『携帯型育成ゲーム』と呼んでいたような気がする。そして、『ウォークマン』は『ヘッドホンステレオ』、『ポラロイドカメラ』は『インスタントカメラ』、『けんおんくん』は『電子体温計』、『ファミコン』は『家庭用ゲーム機』、『マッキントッシュ』は『シェアの低いパソコン』、『エヴァンゲリオン』は『汎用人型決戦兵器』……どうも、ある商品が爆発的にヒットするとNHKの苦労が増えるようである。

「人気ゲームソフトの発売日である今日、各地でこのゲームソフトの盗難・強盗・詐欺事件が多発しました」
 ドラゴンクエストだろ、それは。しかしマスコミは、わざと少な目に作って話題をあおるというエニックス商法に踊らされてるなあ。……って、こういうことを書くから抗議メールが来るのだが。
「最近人気の三分間写真でシールを作る機械で、こんなシールを作ってみました」
 ううむ、それはプリクラのことか。ちょっと違うような気もするなあ。
「なお、この日野日出志の原画展は、大阪市内のデパートで16日まで開催されています」
 大丸と言えよ、大丸と。しかしそんな原画展、誰が見に行くんだ?

 そういえば、こんなこともあった。NHKの新人漫才コンクールで、若手のコンビがサントリーの京番茶のCMのパロディーで「点書いて茶書いて天下茶屋」と歌っていたのだ。ううむ、これは……いいわけか。商品名は言ってないからな。たとえこのネタを聞いた視聴者の脳裏を京番茶のCMがよぎったとしても、それはNHKの責任ではないだろう。
 しかし、この若手コンビ、それ以来テレビで見てないな。

 それから、歌も問題になる。歌詞の中に商品名や企業名が出てくると、強引に一般名詞に変えられてしまうのだ。山口百恵の『プレイバックパート2』の歌詞「緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ」が「緑の中を走り抜けてくバッタがおるで」に変えられたのは有名な話である。……いや、違った。これは嘉門達夫の『替え歌メドレー』である。「真っ赤なポルシェ」が「真っ赤な車」に変えられたのだった。
『神田川』の「二十四色のクレパス買って」が「二十四色のクレヨン買って」に変えられた、という話も聞いたことがある。クレパスもダメなのか? と思って三省堂の『コンサイス外来語辞典』を調べてみたら、ちゃんと「サクラクレパス(株)の商標」と書いてあった。ううむ、なるほど、そうだったのか。よくこれに気付いたものだ。NHK侮りがたし。
 しかし、どうにも例が古い。最新の流行に疎いと思われるのもしゃくなので、今度は新しい例を出そう。
『カローラIIに乗って』はどうなるのだろうか。もう、タイトルからして放送できない。これは「ちっちゃな車に乗って〜」などとなるのだろうか。
 ううむ、やっぱりたいして新しくないなあ。この辺が私の限界か。

 また、ニュースやドラマの場面でさえ、企業のロゴや看板が大写しにならないように気を使っているようだ。さすがに球場の看板などはどうしようもないようだが。まあ、モザイクをかけるわけにもいかないのだろう。
 球場で思い出したが、プロ野球球団名は企業名なのに堂々と言っているぞ。これはいいのか? やはり、これも具体的な球団名は伏せて放送するべきではないのか?
「ナイターの結果です。まずは、人気のある方のリーグから。東京にある全天候型野球場でおこなわれた、東京の人気と実力を兼ね備えた球団と大阪の実力はないのに人気だけはある球団との試合は、東京の球団のA投手と大阪の球団のB投手の投手戦となりましたが、終盤になって東京の球団の強打者C選手の一打で試合が決まったような模様です。これで対戦成績は東京の球団のたくさん勝ちょっと負、順位は、あいかわらず東京の球団が上の方で大阪の球団は下の方になっています」
 そこまで伏せることはないって。




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