第219回   ボケる人々  1998.11.5





「ああっ、ついに最後の封印が解かれたわ! 南極の地下深く眠る大魔王ブラゴハザースが覚醒するのよ! これでもう人類も終わりだわ!」
「……いや、そんなことはない。まだ何か方法があるはずだ。箱の中から数多の災厄が飛び出した後も、希望だけは残されていた、と言うだろう」
「箱?」
「そう、箱だ。なんて言ったかなあ、あの箱は……そうそう、ドドンパの箱」

 人はなぜボケるのか。となりにツッコミがいるからである。
 という話ではなくて、本当のボケの話だ。
 人はなぜボケるのか。一説によると、脳細胞が死んでいくからだ、と言われている。二十歳を過ぎると、脳細胞は一日十万個程度の割合で死んでいくそうだから、これは大変である。映画『2001年宇宙の旅』でも、コンピューターのHAL9000が記憶ユニットを一つずつ引っこ抜かれてだんだんボケていき、最後にはデイジーデイジーを歌っていたりしていたが、ちょうどあのようなイメージだろうか。
 脳細胞の総数は140億個だと言われているから、一日十万個のペースで死んでいくとなると……ええと、ゼロになるまでに383年。なんだ、ずいぶん長いじゃないか。参考文献『あなたにもできる超能力開発法』によると、人間の脳細胞のうち90%は眠っているそうだし、その眠っている所が死ぬ分にはまったく問題はないだろう。百年や二百年生きたところで、そうそうボケるとは思えない。ううむ、ちょっと安心したぞ。

「正子さん、わしの晩飯はまだかのう?」
「なにを言ってるんですかお義父さん。ついさっき食べたところじゃないですか」
「そうか? どうも、食べていないような気がするんじゃがのう」
「だ、大丈夫ですか、お義父さん。ひょっとして、ボケの兆候が……」
「……い、いや、わしはまだボケとらんぞ。そうそう、晩飯は確かに食ったな、うん」
 ……というように言葉巧みにだませば、だいたい三日くらいは食事を与えずにすむ。

 ボケの兆候というのは、まず記憶にあらわれる。自分の言動を憶えていられなくなるのだ。
 たとえば、前に書いた文章を忘れてすぐに同じことを繰り返してしまう。以前使ったギャグを忘れて同じダジャレを使ってしまう。日記猿人に更新報告したことを忘れてすぐにまた更新報告をしてしまう。などである。
 では、どうすればボケを防げるのか。頭を使うのが効果的らしい。
 といっても、ヘディングをしたり頭突きをしたり額の傷に栓抜きを突き刺したりしてはいけない。それも確かにボケではあるが、今話題にしているボケとはボケが違うのだ。とにかく、ボケ防止には頭を使うこと、これが重要である。
 では、常日頃頭を使っている文筆家などはボケにくいかというと、一概にそうは言えないところがややこしい。作家や漫画家などでも、ファンにちやほやされて批判的な意見が耳に入らない状態だとボケるのが早いと言われているのだ。ううむ、そういえばあの売れっ子なんかはすでに初期症状があらわれているし、あの巨匠などはすでに末期症状に、あ、いや、この話題はあまり深入りしないことにして、まあとにかく私などは人から誉められることなどめったにないからボケる心配はないだろう。しくしくしく。

「昨日何を食べたか思い出せないってのは、ボケの兆候らしいな」
「ふうん。まあ、おれには無縁の話だな。なにしろ、生まれてから今まで、食事に何を食べたかすべて憶えているからな」
「なにっ、ホントか? じゃあ、まず、昨日の晩飯は何を食べた?」
「カツカレー大盛り」
「一週間前の昼飯は?」
「カツカレー大盛り」
「去年の12月24日の晩飯は?」
「カツカレー大盛り」
「大学一年のときの5月13日の朝飯は?」
「カツカレー大盛り」
「小学五年のときの……」
(以下略)

 まあ、それはともかくとして、ボケの兆候というものはまず記憶にあらわれるようだ。自分の言動を憶えていられなくなるのである。
 たとえば、直前に書いた文章を忘れて同じことを繰り返して書いてしまう。前に使ったギャグを忘れて同じダジャレを言ってしまう。日記猿人に更新報告したのを忘れてまた更新報告してしまう、などである。
 私も、今まではボケとは無縁だったが最近はちょっと自信がなくなってきた。何を隠そう、私も幼いころは神童と呼ばれていたのだが、どうやら二十歳を過ぎてから脳細胞が死に始めたのかどうか、ただの人に成り下がってしまったのだ。しかしそれでも、以来十年あまりはなんとか「ただの人」にとどまっていたのだが、最近はどうやらただのバカになりかけているようである。
 思い起こせば、いつごろからバカになってしまったのだろうか。ここ四年くらいのことのような気がする。いや、三年くらいだったかもしれない。ううむ、それさえもわからないほどバカになってしまったようだ。
 すなわち。わたしバカ四年、おバカ三、四年、ということだ。




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