第256回 蟹座の恋の物語 1999.5.12
「ん。今夜はいい天気」
「晴れてるから、星がたくさん見えるな」
「あ、あれ天の川。きれい」
「地球から銀河の中心方向をながめると、星が密集しているから、ああ見えるんだよな」
「もう。そうじゃなくて」
「なに?」
「もっとロマンチックなお話してよ」
「うーん、そうだなあ」
「ねえねえ、あれは?」
「あれは蟹座だな。蟹座といえば……」
「うんうん」
「『帰ってきたウルトラマン』に出てたけど、蟹座から来た怪獣はザニカって名前なんだ」
「……もう。どこがロマンチックなのよ」
「何を言う。怪獣はロマンじゃないか」
「ホントに、子供なんだから」
「ところで、このザニカってのも妙な怪獣でね」
「その話、まだ続くの? はいはい、聞きましょう」
「だいたい、蟹座から来た、というのがおかしい。蟹座のどの星から来たというんだ? ひとくちに蟹座と言ってもなかなか広うござんす」
「まあ、銀座よりは広うござんすね」
「そう、地球からだと星座に見えるけど、実際には星と星の間は何十光年も離れてるんだよな」
「あれじゃないの? 蟹座の方角から来た、って意味で」
「こんにちはー、蟹座の方から来ました。おたく、消火器持ってますか? 持ってない? それは困りましたねえ。今なら格安で販売してますが」
「怪獣が消火器売ってどうすんのよ」
「やっぱり重火器じゃないとダメか」
「……ばかねえ」
「まだあるぞ。このザニカ、外見が蟹に似てるんだ」
「へえ」
「蟹座から来たから蟹に似ている、ってのは安易だよなあ」
「うーん、まあねえ」
「じゃあ、獅子座から来るのは獅子に似た怪獣か? 天秤座から来るのは天秤に似た怪獣か?」
「そうムキにならなくてもいいじゃない」
「どうせなら、乙女座から来てほしいぞ」
「……ばかねえ」
「……ねえ、しばらくしゃべらないで」
「うん、わかってるよ。こうしてただくっついてるだけで幸せだもん、って言いたいんだろ?」
「違うよお。口開いても、しょーもないこと言うだけだから」
「うっ。否定できないのがつらいところだ」
「だから、しばらくしゃべらないで、って。ね?」
「ん。……」
「あっ、流れ星」
「ほんとだ」
「……」
「……」
「ねえねえ、なにお願いした? あたしはねえ、二人がいつまでも一緒にいられますように、って」
「うーん、おれは違うなあ」
「なんだ、違うの? ぶーぶー。じゃあ、地球の平和とか?」
「違うって。流れ星にお願いすることといったら、一つしかないだろ」
「え、なになに?」
「落ちてこないでください」
「……やっぱり、ばかねえ」
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