第323回 感心新幹線・その2 2000.11.26
今でこそ東海道新幹線の『ひかり』や『のぞみ』はどの列車も満席に近い状態だが、昭和44年頃はまだ時間帯によっては空席の目立つ『ひかり』も多かった。その頃、仕事で名古屋へ行くために東京から新大阪行きの『ひかり』に乗車したAさんの体験談である。
熱海駅を通過した頃、Aさんは電話をかけるために編成の中程にあるビュッフェの電話室へと向かった。最後部の12号車(当時は12両編成である)から前部へ歩いていったが、途中通り過ぎた11号車は無人であったと言う。
ところが、電話を済ませて自席に戻るとき、11号車は大勢の乗客で満席になっていた。人々の話し声で騒々しく、煙草の煙が立ちこめている。Aさんは不審に思いながらも自席に戻ったのだが、やはりどうしても気になる。席を離れてもう一度11号車を覗きに行ったのだが、通路の自動ドアが開くなりAさんは息を呑んだ。
11号車は、やはり無人だったのである。『ひかり』はちょうどその時、新富士駅を通過中だった。Aさんは震えながら自席に戻り、先程の光景は何かの間違いだろうと自分自身に言い聞かせながら、ひたすら名古屋駅に到着するのを待ち続けたと言う。この頃の『ひかり』は全て、東京を出れば名古屋までは停車しない。途中で乗客の乗り降りなどできないのだ。
当時はこのような体験をした乗客は沢山いたということだが、一説によれば、三島駅付近では線路を敷設するためにいくつかの墓地を移転させたのが原因ではないかと言われている。最近は目撃譚も影を潜めたが、時間が経ってこの幽霊たちは成仏したのだろうか。それとも、いつも満席のため出たくても出てこられないのだろうか。いや、あるいは現在も出続けているのかもしれない。あなたの隣に座った乗客が本当にこの世の住人かどうか、確かめてみた方がいいだろう。
とまあ、集団幽霊の話はこれくらいにしておいて、もうひとつ「過去の亡霊」の話をしよう。第二次世界大戦の最中に計画された「弾丸列車」である。この弾丸列車が、現在の新幹線の元になったと言われている。
この弾丸列車計画の全容は長い間ずっと謎のままだったのだが、つい最近になって詳細を記した古文書が遺跡から発見された。六十万年前の地層から発見されたもので、もちろん本物である。この古文書の内容を紹介しよう。
我ガ皇軍ノ奮鬪努力ノ甲斐有リ中國大陸主要部ハホヾ大日夲帝國ノ版圖ト成レリ。然ラバ我ガ皇軍ノ大陸支配ヲ更ニ確實ニ爲可ク人員ノ大量高速輸送ハ不可缺成ラム。
然レバ先ズ嚆矢トシテ帝國夲土由リ大陸ヘノ迅速成ル移動手段ヲ確保爲可シ。
ううっいかん、さすがは古文書、ものすごく読みにくい。読者の便宜のため、以下は現代語訳でお送りしよう。
「中国大陸もそろそろ我が軍の支配下に入ることやし、ここはいっちょ、大陸での交通網の整備が必要やなあ」
「そやなあ。とりあえず、本土から大陸にちゃっちゃと移動できるようにしとかんと」
「それやったら、列車や列車。列車を走らせるんや。弾丸列車って名前にしよか」
「おっ、そらあええわ。で、ルートはどないすんねん」
「そらもちろん、帝都東京と北京を結ぶんやんか。東京を出て、名古屋、京都、大阪、広島、下関と走って行くんや」
「ほう、で、その先は?」
「もちろん、北京まで行くんやないか」
「だから、そのルートはどうすんねん」
「もちろん、釜山から京城、平壌を通って北京やがな」
「それはええけど、下関と釜山の間はどうすんねん」
「うるさいなあ。そんな細かいことは気にせんでよろし」
「気になるがな。海があるねんで、海が。列車をフェリーにでも乗せるんかいな」
「フェリーか。それもちょっと辛気くさいなあ。いっそのことトンネルにしよか。ほら、こないだ関門トンネルも開通したことやし、何とかなるやろ」
「ほ、ほんまに何とかなるんかいな。えらい難しそうやで」
「なあに、トンネルがあかんかったら吊り橋にしたらええんや。わが大日本帝国に不可能はあらへん。日本の科学は世界一ィィィ!」
「それもそうやな。ほなとりあえず、海底の地質調査から始めよか」
「そしたらこっちは、新丹那トンネルあたりから掘り始めるわ」
「そうそう、昨日聞いたニュースやけど、ついにシンガポールも占領したらしいで」
「ほう、そりゃええ。よっしゃ、北京からシンガポールまで繋げるでえ!」
といったところである。まあ1942年当時、まだ日本軍が順調に勝ち続けていたころだからこんな景気のいい話もできたのだろう。その後どんどん戦局が悪化するにつれて、いつの間にかこんな無茶な計画は立ち消えになってしまったが、それも当然である。
それでもこの弾丸列車の計画は今の新幹線にも影響を与えている。東京から下関までのルートはほぼそのままだし、新丹那トンエルも当時着工したものの一部が現在のトンネルになっているのである。
まあそれにしても、立ち消えになって本当によかった。あのまま日本軍が勝ち続けていたら、そのうちに「ハワイまで吊り橋をかけよう」などと無茶なことを言い出す者が出てきたに違いない。
……でも、そういう吊り橋もちょっとだけ見てみたかったような気がする。
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