第328回   冥王ウォーカー  2001.2.4





 国境の長いワームホールを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。

 ……って、冥王星に行くのにワームホールなど通る必要はないのだが、そこはそれ、気分である。
 地球からは銀河鉄道木星本線の特急でガニメデまで、そこで冥王高原線の新快速に乗り換える。太陽系内しか運行していないのにどこが銀河鉄道やねん、第三新東京ディズニーランドのミニトレインが世界鉄道と名乗るようなものだぞ、と今までに五十六億七千万回は言われたであろうツッコミを心の中で思い浮かべつつ、たどり着いたのは太陽系のはずれの冥王星である。しかし、夏だというのにめちゃくちゃ寒い。夜の底が白くなった、というのは本当である。この分だと気温はマイナス300℃くらいだろうか、などと考えながら終点の冥王中央駅で列車を降りる。
 改札まで行って驚いた。自動改札ではなく有人改札だったからだ。いかにも冥王星人という顔つきをした駅員が、暇そうに改札口に立っている。典型的な田舎の駅の光景だ。ううむ、惑星の中心都市プルートニアの玄関駅がこの有様ではなあ。
 で、ちょっと不安になって聞いてみると、どうもイオカードは使えないようだ。結局、ガニメデからの料金を払い直すハメになってしまった。しかしイオカードは木星圏のみならず、天王星海王星でも使えたのに……やっぱり冥王星は田舎である。
 まあ、あまり田舎田舎と言っていると住んでいる人に申し訳ない。あちこち歩き回って、プルートニアのいいところを探してみよう。

 駅前はさすがにややにぎわっていて、デパートやビルも少しは建っている。ハーデスロードという大通りをはさんで、右側には地球資本、左側にはガニメデ資本の大デパートが向かい合っていて、どうやら仲良く開店十周年記念セールをやっているらしい。その隣には『そごう』という名前のデパート、さらには『雪印』という会社の本社ビルもあった。どちらも初めて聞く名前だが、まあ冥王星のローカル企業だろう。冥王星も、経済的にはトリトンに完全に依存しているからなあ。海王星の衛星トリトンの衛星惑星冥王星と言ったところか。ややこしいけど。
 寒さをこらえながら、ハーデスロードを歩いてみる。道を行く人々はさすがにみな厚着をしている。いかにも冥王星人という顔つきの人に混じって、観光客もちらほらと見かける。こんな辺境までわざわざ見物にやってくる物好きは私くらいのものだと思ったのに。火星農協の旗を持ってぞろぞろと歩くじいさんばあさんや修学旅行の中学生、新婚旅行だか逃避行だかわからない沈んだ顔のカップル、銀河鉄道の列車を熱心に撮影しているカメラ小僧、耐寒訓練中らしい自衛隊員までいる。さらには大通りをけたたましい音をたてて走り抜けるダサい原子力バイクの一団がいたのには驚いた。ううむ、こんなところにも暴走族がいたとはなあ。などとついついレトロな呼称を使ってしまったが、なあに、こんな田舎に珍走団というモダンな名前は似合わない。暴走族で十分である。
 いかんいかん、けなすんじゃなくていいところを探すのだった。と思って向こうの山の中腹を見ると、何やら妙なものが建っている。ここから見えるくらいだからかなり大きなもののようだ。形は……ええと、ちょっと説明しにくいのだが、勃起状態の男性の一物に装飾を施したような感じである。ううむ、あれは何だ。道祖神か、あるいは怪しげな新興宗教の本拠地か。暇そうに客待ちをしているリニアタクシーの運転手に聞いてみると、どこぞのレトロアニメファンが酔狂で建てたモニュメントで、「はんしゃえいせいほう」とか言うものらしい。よくわからないが、こんなものが出てくるアニメなど、どうせいやらしいものに違いない。
 などと考えつつ、さらにハーデスロードを歩く。みやげ物の店がけっこう多い。氷結まんじゅう、冷泉卵、ブリザードちゃんの人形焼き、黄泉のお菓子うなぎパイ、冥界サブレ、ルシファーせんべい、お菓子のホームラン冥王ナボナ、オーロラマヨネーズ、冥王タイガースの帽子、原生生物のぬいぐるみ、木刀、十二色ボールペン、くねくね動く竹製の蛇のおもちゃ、コインが消える手品セット、名前入りキーホルダー、冥王タワーの置物……ううむ、どうもあまり買いたいと思うようなものはないなあ。せめて生きている原生生物でも売っていればと思うが、ワシントン条約で禁止されているから仕方ないか。あとで特別保護区に行って見てみようか。抱いて記念写真も撮れるらしいし。
 みやげ物屋の並びが途切れたころ、一軒のインターネットカフェが目についた。ううむ、いまだに現役だったとは。地球や火星では、とっくの昔に滅び去ったというのに。そういえば子供のころは家からネットに繋げずに、パソコンを持っている友達の家に行って『鉄腕アトム』のデジタルアニメや力道山のプロレスのネット中継をよく見たっけ。当時のパソコンは貴重品で、使わないときは緞帳を掛けておき、使うときはみんなで正座して画面をながめたものだった。街頭パソコンも大人気だったなあ。って、オマエはいったい何才やねん。などとボケも入れつつ、せっかくだから地球にいる恋人とチャットでもしようかと思ったが、よく考えてみたら書き込みが地球に届くまでに八時間もかかるやんか。やめておこう。
 どうも寒いと思ったら、雪が降ってきた。空を見上げると、冥王星の月、カロンが浮かんでいた。地球の月よりもかなり大きく見える。ちらちらと舞う雪と、大きく輝く月。こういうシーンを目にすると、幼いころに母親から聞いたおとぎ話を思い出す。姫と呼ばれる家具屋の娘が、雪の降るクリスマスの夜に、赤鼻のトナカイに引かれたそりに乗って故郷の月へ帰っていくという話である。確か童謡にもなっていたはずだ。♪姫は夜更け過ぎに〜月へと帰るだろう〜。
 しょーもないことを考えていたら、そろそろ帰る時間である。しかしこのプルートニアという街も、ほとんど記憶に残るところがない街だったなあ。私の中では、記憶に残らない街のベスト3に入るだろう。あと二つはどこの街かというと、ええと、記憶に残っていないけど。

 というわけで、私はようやく地球に戻ってきたのであった。
 え? いったいいつの間に冥王星まで行ってきたのかって? え、ええと、まあほら、実際には行かずに、『冥王ウォーカー』などを参考にして書いたのは秘密である。い、いいじゃないか、雑文書きならみんな同じようなことをしているんだから。




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