第34回   ア・バオ・ア・クー 1996.10.20


 数日前のニュースで見たのですが、レンタルビデオ店に以下のような張り紙が張ってあるそうです。
「10月20日は、ビデオの貸し出しが混雑すると思われますので、借りる方はお早めにお願いします」
 つまり、選挙の開放速報を見ずにレンタルビデオを見ている者がそれだけ多い、ということなのですが‥‥。
 ‥‥。
 世の中、ホントに馬鹿が多い。阪神大震災の時も、「テレビが面白くない」などとぬかしてレンタルビデオ店に走った馬鹿どもが居たそうです。

 そんな馬鹿は放っといて、今日のネタはこれ。

 古参アニメファンなら知っているだろうが、ア・バオ・ア・クーとは、『機動戦士ガンダム』に登場した宇宙要塞の名前である。
 放映当時から、私はこの名前に違和感を感じていた。登場する他の固有名詞に対して、「浮いている」ような気がしていたのである。もう一つの宇宙要塞、ソロモンの由来は自明であるが、英語とは思えない語感を持つこのア・バオ・ア・クーは、何に由来するのだろう?
 その疑問は数年後、思わぬ所で解けた。ボルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』に、ア・バオ・ア・クーについての記述があったのだ。

 この本によると、ア・バオ・ア・クー(A Bao A Qu)の出典は『千夜一夜物語』(の注釈)、インドのチトールにある「勝利の塔」に棲む空想上の怪物であるという。(すると、サンスクリット語だろうか)

 勝利の塔の階段の最初の段には、時の始まり以来、人間の影に敏感なア・バオ・ア・クーという名前の怪物が棲んでいると言う。人が近づくと、その躰と半透明に近い皮膚が輝き出す。
 そして、誰かが階段を登りはじめるとア・バオ・ア・クーは覚醒し、訪問者の踵に着いて塔の螺旋階段を登っていく。そして、一段登る毎にこの怪物の色合いが強烈になり、その形は完全なものへなっていき、その躰が放つ青みを帯びた光は輝きを増し、最上段に達すると究極の姿となる。
 最上段へ辿り着いた人間は涅槃に達した者となるが、辿り着いた人間はただ一人であると言う。
 では、辿り着けなかったとき、ア・バオ・ア・クーはどうなるか。あたかも麻痺した如くたじろぎはじめ、躰は不完全となり、その青みは薄らぎ、輝きは衰える。そして、苦痛に苛まれながら、訪問者が降りてくると、最初の段に転がるように倒れ伏し、疲れ切ってほとんど形のないままに次の訪問者を待つ。

 結局この記述からは、ア・バオ・ア・クーがどのような姿をしているのかは、よくわからない。
 しかし、富野喜幸がなぜこの名前を使ったのかは、もう一つの宇宙要塞の名前、「賢者」ソロモンと合わせて考えれば、わかったような気がした。
 『機動戦士ガンダム』で描かれる宇宙戦争は、人類が新たな階梯へ進むための試金石であった。勝利の塔の頂上まで登ることに成功した者は、「賢者」となれるのかも知れない。
 (しかし、その後の『ガンダム』シリーズの展開については‥‥。まあ、コメントは差し控えよう)


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