「チョットイイデスカ? アナタハ神ヲ信ジマスカ?」
道端で、いきなり声をかけられた。キリスト教の布教をしているらしい外人である。
「信じるかと言われてもねえ‥‥。今まで、真剣に考えたことなかったからなあ」
「デハ、私ノ話ヲ聞イテクダサイ。神ヲ信ジレバ、天国ニイケマス」
天国か‥‥。その外人の言葉を聞いて、私は、『パスカルの賭け』を思い出した。
『パスカルの賭け』とは、このようなものである。
ある男が、教会の教義を信じるか信じないかを決められないでいる。教義は真実かもしれないし、嘘かもしれない。可能性は五分五分である。では、その報いはどうなるだろうか?
もし、その男が教義を信じなかったとする。教会が誤っていれば、彼は何も失わない。しかし、教会が正しければ、彼は地獄で限りない苦痛に直面するのだ。
もし、その男が教義を信じたとする。教会が誤っていれば、彼は何も得ない。しかし、正しければ、彼は天国で永遠の幸福を得るのだ。
すなわち、教会が正しいことに賭ける方がはるかに有利である。
なるほど。その考え方にも一理ある。私は答えた。
「信じます! 神を信じます! その方が有利‥‥いやいや、とにかく信じます!」
その外人は非常に喜んだ。こんなに簡単に成功したことはなかったに違いない。
気がつくと私は、彼から聖書を手渡され、次の日曜日に教会に行くことを約束していた。私は、彼と別れて再び歩き出した。
なるほど、入信というのは、こんなに簡単なものなのか。これは得したぞ。何しろ、非常に有利な賭けだからな。
そんなことを考えていると、今度はターバンを巻いた外人が声をかけてきた。
「チョットイイデスカ? アナタハアラーノ神ヲ信ジマスカ?」
今度はイスラム教らしい。私は、再び『パスカルの賭け』を思い出した。そう、賭けのネタは多い方がいい。
「信じます! アラーを信じます!」
私はイスラム教にも入信した。
しばらく行くと、また別の外人が声をかけてきた。
「チョットイイデスカ?」
ヒンズー教だ。入信した。
「ちょっといいですか?」
道教だ。入信した。
「チョットイイデスカ?」
ジャイナ教だ。入信した。
「チョットイイデスカ?」
ゾロアスター教だ。入信した。
「わはははは。お前は、悪魔を信じるか?」
デーモン小暮だ。入信‥‥しかけて、思いとどまった。危ないところだった。神を信じるのはいいが、悪魔はいけない。悪魔はあくまで悪魔である。
「ちょっといいですか?」
日蓮宗不受不施派だ。入信した。
「チョットイイデスカ?」
ブードゥー教だ。入信した。
「わ〜た〜し〜は〜、やってない〜」
オ●ム真理教だ。当然、入信した。
「○▼□%@<♂♀*+#?」
なんだかよくわからないが、とにかく入信した。
気がつくと私は、両手いっぱいに聖書やコーランや十字架や数珠や聖杯や水晶球やモアイ像をかかえていた。
これだけ入信しておけば大丈夫だろう。
そして、私は今日も、十字架を持ち、仏壇にお供えをし、神棚に手を合わせ、座禅を組み、メッカに礼拝をし、偶像を崇拝し、偶像を破壊し、豚肉を食べずに牛肉を食べ、牛肉を食べずに豚肉を食べ、菜食主義を貫き、泥人形に針を突き立て、聖杯に山羊の生き血を注いで飲み、木と草でできた飛行機の模型を拝み、火星の人面岩にテレパシーを送っているのだ。
これで、私は確実に天国に行けるはずだ。安心安心。