第98回   海遊館 1997.1.7


 海遊館は、大阪天保山にある水族館である。
 環太平洋の海を切り取ってそのまま再現した、世界最大級の水族館だ。14の大型水槽には魚類だけでなく海獣や爬虫類3万5000種が生息している。最上階の日本の森から日本海溝まで、らせん状のスロープを散歩気分でクルーズするのだ。
 ‥‥などと、まるでガイドブックから抜き出したようなことを書いているが、今日はその海遊館を案内しよう。

 私は阪神高速湾岸線を天保山出口で降りた。助手席に乗っているのは友人の和田久美である。車を駐車場に置くと、さっそく私と久美は海遊館に入った。

 最初のコーナーにいたのはラッコである。しかし、残念ながらラッコは眠っていた。ラッコの眠り方というのは奇妙なもので、生えているコンブに体を巻き付けて‥‥いや、逆だ、生えているコンブを体に巻き付けて眠るのだ。こうしないと、寝ているあいだに海流に流されてしまうのである。ラッコにとってコンブは必需品、まさにコンブにラッコである。

 次のコーナーには、ウニがいた。それを見て私がなんと言ったかは、だいたい想像がつくだろう。
 そう、「ウニは〜うまいなおいしいな〜」と歌ったのだ。大阪人は、たとえデートで海遊館に来ても「かわい〜い!」などと言ってはいけない。そのようなことを言うのはシロウトである。プロの大阪人なら「うまそうやな〜」と言わなければならないのだ。大阪人への道は険しい。
 次のコーナーには、もずくがいた。なんだか食えるものばかり見ているようだが、本当にいたのだから仕方がない。このもずくは川に住むものではなく、海のものだ。海のもずく、である。

 さらに進むと、魚類のコーナーである。赤味がかった色の魚が泳いでいた。説明のプレートには「マダイ」と書いてあった。それを見て久美が聞いた。
「ねえ、マダイって、タイの仲間だよね?」
 しかし、私にはよくわからなかった。哺乳類や鳥類は得意だが魚類は苦手なのだ。困っていると、どこからともなく竹村健一がやってきて教えてくれた。
「マダイ? タイやね〜」
 私は竹村健一に感謝した。

 その次は海獣のコーナーだった。しかし、エサの入ったバケツを持った飼育係の男性がいるだけだ。海獣はどこにいるのか、と思っていたのだが、その飼育係が呼ぶとアザラシがあらわれた。アザラシを呼ぶ男、である。
 いや、よく見るとアザラシではなくトドだった。トドを飼うのはむずかしいらしい。24時間トド飼えますか? 残念ながら私には無理である。

 エサを食べたトドが帰っていくと、なにやら演歌が流れだした。
「北の〜酒場通りには〜」
 すると、奥からカバがあらわれた。この曲を聞くとやって来るらしい。来たさ、カバである。
 飼育係が号令をかけると、カバは芸をはじめた。芸をするカバを見たのははじめてである。海遊館に来た甲斐があったというものだ。カバは号令に従って回転している。いーぞ、カバ、回れ。

 私はカバの芸に熱中していた。ふと気がつくと、久美がいない。どうやらはぐれてしまったようだ。私はあわてて、久美を探しはじめた。
 あちこち歩き回ったが、なかなか見つからない。人が多すぎるのだ。あきらめて、館内放送でもしてもらおうかと思ったとき、私を呼ぶ声が聞こえた。耳をすます。久美だ。久美が私を呼んでいる。
 こうして私は、久美と再会することができたのだ。きけ和田久美のこえ、である。


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