天使の紡ぐ糸のような小糠雨がそぼ降る夜。人気のない城跡公園で、彼女に出会った。
木のベンチに腰をかけ、項垂れて唇を噛み締めている。背中まで届く黒髪は濡れて細い肩に纏わりつく。小柄で痩せぎすの姿は、まだ少女と呼んでもいいほど儚げに見えた。
私は黙って、彼女に傘を差し掛けた。小さな頭が、ゆっくりと上を向く。化粧気のないその顔は抜けるように白かった。広く秀でた額に大きな目。微かに茶色いその瞳から頬へ流れ落ちるものは、雨だけではないようだった。
……ありがとう。
消え入りそうな声で彼女が呟く。その発音には、僅かに異国の訛りがあった。
隣に腰を降ろしながら、何があったのか訊く。彼女はそれには答えず、傘を持つ右手首の腕時計を見つめて言った。
……左利き、なんですか? あたしの恋人も、そうなんです。
その恋人は、君を放っておいて何をしているんだ、と問う。
……日本にはいないんです。彼がいるのは、近くて遠い国。彼は、畑を耕しているんだけど、旱魃続きで何も採れないの。彼も、家族も、いえ、村中が飢えているわ。だから……。
だから、泣いていたのか?
……そう。日本にはこんなに雨が降るのに、どうしてあっちには降らないのかしら?
私に答える言葉はなかった。彼女の眼差しを避け、雨を見つめる。しばし、沈黙が支配した。
やがて彼女は、おもむろに立上がった。
……ありがとう。あたし、もう行きます。
何処へ、と問うのは無駄か。私は黙って彼女を見送った。
彼女は、小声でこんな歌を口ずさみながら歩いて行った。
……わたしのわたしの彼は〜日照り飢饉〜。