第157回   ひと夏の経験 1997.10.21




 十月にしては妙に暑い日だ。スーツを着て歩いていると汗ばむほどである。うっすらとにじんだ汗をハンカチで拭いながら、私はあの夏の日を思い出していた。
 そう、あの日は、もっと暑かった……。

 汗まみれになりながら帰宅したその日、郵便受けには一枚のチラシが入っていた。裏ビデオの通信販売のチラシである。普段ならこの類のチラシはゴミ箱に直行するのだが、その日に限って手にとって見る気になったのは、綾波レイの絵が描かれていたからだろうか。
「モザイクボカシ一切なし! AV流出・ブルセラ・素人投稿・SM・盗撮・洋版まですべてあります!」
 派手な文句が踊っている。さらに、個々のタイトルをながめる。
『SM・超次元伝説ラル』『すべてがMになる』『裏千代日記』『学生服・薔薇族』『残酷な天使のベーゼ』……どれも、大したことはなさそうだ。
 そんなとき、一つのタイトルが私の目をひいた。『13才・ミチコのおもらし』。
 いや、タイトルにひかれたわけではない。そこに写っていた少女の顔が、私の初恋の人にそっくりだったのだ。シェトランドシープドッグを抱いた少女である。まだ幼さの残る笑顔が初々しい。
 私は、その作品を注文することにした。さっそく電話をかける。ゆうパックで送られてくるので、代金と引き替えに受け取れ、とのことだった。

 数日後。帰宅すると、配達不在通知が入っていた。私はさっそく車で郵便局へ向かう。窓口が開いているのは七時までである。ぎりぎり間にあった。
 さっそく私は『13才・ミチコのおもらし』を見始めた。

 朝の公園。
 犬を連れた少女が散歩をしている。
 ベンチに座っている老いた男が一人。他に人影はない。
 少女は元気に歩いているが、犬の足どりは遅い。どうやら、かなりの老犬のようだ。
 少女と犬が、ベンチの前を通りかかる。男が少女に言う。
「かなりおじいさんの犬のようだね」
「おばあさんよ」
 少女が答える。
「今年で13才になるの」
 突然、犬が小便を始める。少女はびっくりして叫ぶ。
「……もう、ミチコったら、こんなところで!」
 完。

 私は、清水の舞台から突き落とされたような衝撃を受けた。どうやら、完全にだまされたようだ。

 後日、その道に詳しい友人に聞いたところによると、この『13才・ミチコのおもらし』はかなり有名な作品のようだ。だからみんな、これだけは注文するのを避けるという。なるほど、そういうことか。
 よし、今度はださまれないぞ。私は、教訓を胸に刻んだ。
「誰でもミチコだけ敬遠するのよ、ゆうパックの甘い罠〜」


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