第156回   ケーキを焼こう 1997.10.8




 突然だが、ケーキを焼くことにした。
 本当はパンを食べようと思ったのだが、パンがなかったのである。どうしようかと少し考えたが、古いことわざを思い出した。
「パンがなかったら、ケーキを食べればいいじゃない」
 そういうわけで、ケーキを焼こう。

 本棚から『誰でも作れるケーキ15000種』(太公望書林)を取り出し、ページをめくる。しかし、さすがに15000種類もあるとどれを作るか悩んでしまう。いったん本を閉じて考えた。
 どうやって決めよう? パッとページを開いて、そこに載っているケーキを作ろうか。そう思いながらふとカレンダーを見ると、今日は10月8日だ。よし、これにしよう。私は419ページを開いた。そこに載っていたのは、キャロットケーキである。

 第1段階。型の内側にバターを塗って小麦粉を薄くふり、紙を敷いておく。
 台所を探したが、適当な型が見つからない。仕方がないので、洗剤の空き箱を使う。小麦粉もない。仕方がないのでアジシオを薄くふる。クッキングペーパーもない。仕方がないので感熱紙を使う。

 第2段階。アーモンドパウダー、シナモンを合わせ、ふるっておく。
 台所を探したが、アーモンドパウダーもシナモンもない。仕方がないので、チョウセンアサガオと七味唐辛子を合わせ、ふるっておく。

 第3段階。にんじんは皮をむいてすりおろし、パン粉と混ぜ合わせておく。
 冷蔵庫を探したが、にんじんがない。仕方がないのできゅうりをすりおろす。パン粉もない。仕方がないので味付け海苔と混ぜ合わせておく。

 第4段階。卵は卵黄と卵白に分け、卵黄に砂糖を加えて白っぽくなるまで混ぜ、ラム酒、コアントローを加えておく。
 さすがに卵はあった。うずらの卵だが。しかし砂糖がない。仕方がないのでチャツネを混ぜる。ラム酒もコアントローもない。仕方がないので清酒白鶴とパプリカを加えておく。

 第5段階。卵白はボウルで軽く泡立て、砂糖を加えて角が立つまで泡立てる。
 だから、砂糖がないと言ってるのに。仕方がないのでマンドラゴラを加える。

 第6段階。「5」の4分の1の量を「4」に加えてよく混ぜ、「2」を加えてさらによく混ぜてから「5」の残りと「3」を加え、切るようにして混ぜる。
 完璧にできた。これなら大丈夫だ。

 第7段階。用意しておいた型に「6」を流し入れ、180度のオーブンで35〜40分焼く。
 さて、いよいよ最終段階だ。オーブンレンジの扉を開ける。中を見た私は驚いた。猫のタマがいたのだ。しかも死んでいる。
 そういえば昨日、久しぶりにシャンプーしてやったあと、乾かそうと思ってレンジを使ったのだ。しかし、昨日まではあんなに元気だったのに、なぜ急に死んでしまったのだろう? 寿命だろうか?
 まあいい。今はタマよりもキャロットケーキの方が大切だ。私はタマの死体をゴミ箱に捨てると、型を中に入れた。オーブンのタイマーを35分に合わせる。

 しばらくテレビを見ながら待っていると、台所の方から白煙がただよってきた。走って見に行くと、煙はオーブンレンジから出ている。あわてて扉を開ける。すると、大量の煙とともに、頭にターバンを巻いた半裸の魔神が出現した。どうやら、知らないうちに魔法の薬を調合してしまったようだ。
 魔神は私の方を見て、重々しい声で言った。
「私を呼びだしたのはお前か〜〜。さあ、願い事を言ってみろ〜〜」
 もちろん、私の願いは決まっている。
「キャロットケーキを作ってくれ」


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