第184回   幽霊機関車  1998.5.29





 まだ日本に、たくさんの蒸気機関車が走っていたころのお話です。

 山の中に、深い森にかこまれた小さな村がありました。
 となりの町まで行くのにも、森のあいだの暗くてせまい道をとぼとぼと歩いていかなければなりません。行って帰ってくるだけで、まる一日かかってしまいます。
 村人たちは、なんとかもう少し楽にならないかと、ずっと思っていました。
 そのねがいがつうじたのか、村まで鉄道が通ることになりました。
 森の木を切りたおし、地面をならして、どんどん線路がしかれていきます。川には鉄橋がかけられ、山にはトンネルがほられました。
 そして、長い工事のすえ、やっと鉄道が開通したのです。村人たちは、これで便利になるぞ、とよろこび、工事をしてくれた人にお礼を言いました。

 機関車が走り出して何日かしたころ、運転士の鈴木さんは仲間たちからおかしな話をききました。村まで通じる鉄道の途中に、機関車の幽霊が出るというのです。
 それは、こんな話でした。

 夜、線路を走っていると、遠くから警笛の音がきこえます。
 こんな時間に走っている機関車はほかにいないはずです。そう思っていると、むこうから一両の蒸気機関車が走ってくるのが見えました。
 まさか、と思って目をごしごしとこすってみても、ちゃんと機関車が見えます。線路は一本道、このままではぶつかってしまいます。運転士は、あわてて急ブレーキをかけました。
 車輪をきしませながら、機関車はようやく止まります。でも、むこうから走ってくる機関車は止まりません。
 機関車の音は、だんだん大きくなってきます。もう、目の前まできました。
 あぶない、ぶつかる!
 運転士は思わず目をつぶってしまいました。
 でも、いつまでたってもぶつかる音はしません。おそるおそる目を開けてみると、目の前にはただ線路があるだけです。さっき正面から走ってきた機関車は、煙のように消えてしまいました。
 これが、幽霊機関車です。

 そんな話があるものか、と鈴木さんは言いました。夜に運転したことがないので、幽霊機関車を見ていなかったのです。
 鈴木さんは信じられませんでした。幽霊は、ひょっとしているかもしれない、と思っていましたが、機関車は生き物ではありません。だから、機関車の幽霊が出るはずがない。そう思っていたのです。
 いや、ほんとうの話だ、と仲間の運転士が言います。そんなに信じられないなら、夜に運転してみろ。そう言われて、負けずぎらいの鈴木さんは運転をかわってもらうことにしました。
 今夜の最終列車は、鈴木さんの運転です。

 暗い森の中を、蒸気機関車が走っていきます。
 もちろん、運転しているのは鈴木さんです。幽霊機関車め、出るなら出てこい。こわくないぞ。そんなことをかんがえながら、じっと線路の先をみつめていました。
 すると、どこからか警笛がきこえてきました。空耳か、と思って耳をすましましたが、たしかにきこえます。  出たか。鈴木さんはみがまえて前を見ました。
 前から、機関車が走ってくるのが見えました。どんどん近づいてきます。
 これはまぼろしだ。機関車が走っているはずがない。
 そうかんがえた鈴木さんは、ブレーキをかけませんでした。そのままの速さで走っていきます。
 幽霊機関車は、目の前まできています。鈴木さんの運転する機関車も、幽霊機関車も、スピードを落とさずに走っています。
 いよいよぶつかる、というとき、さすがの鈴木さんも目をつぶってしまいました。
 しばらくして、鈴木さんは目を開けました。
 機関車はなにごともなかったかのように走っています。幽霊機関車は消えてしまいました。
 窓から顔を出して後ろを見ても、何もありません。やっぱり、まぼろしだったのでしょうか。

 鈴木さんの運転する機関車は終点の駅につきました。
 ふとホームを見ると、駅員が何か言っています。機関車の前の方を指さしているようです。
 鈴木さんは機関車をおりて、駅員の指さすところを見ました。
 機関車に、血がついていました。
 これは、幽霊機関車の血でしょうか。
 いえ、幽霊に血があるわけがありません。すると、気がつかないうちに何かをはねてしまったのでしょうか。
 鈴木さんは、線路を歩いてひきかえし、たしかめてみることにしました。

 ちょうど幽霊機関車が出たところにたどりつきました。
 線路のよこに、小さな動物がたおれています。
 ちかよってみると、タヌキでした。頭から血をながして死んでいます。
 そして、そのよこに子ダヌキがいました。かなしそうな声を出して、死んでしまったタヌキをなめています。

 幽霊機関車は、このタヌキがばけていたんだ。
 鈴木さんは、そう思いました。
 このタヌキは、森でしずかにくらしていたのでしょう。ところが、人間が鉄道をしき、タヌキのすみかをこわしてしまいました。おまけに毎日、機関車が大きな音をたてて走っていきます。
 おこったタヌキは、なんとかして機関車をおい出そうと、人間たちをおどかしていたのでしょう。
 でも、鈴木さんが機関車を止めなかったため、タヌキは機関車にはねられて死んでしまいました。
 そうか、かわいそうなことをしたな。せめて、のこった子ダヌキはこの手でそだててやろう。
 鈴木さんはそう思いました。
 腰をかがめると、手を前に出して子ダヌキにちかよっていきます。
 子ダヌキは顔をあげて鈴木さんの方を見ました。
 毛をさかだて、歯をむき出しながらうなり声をあげています。おこっているようです。
 さらに鈴木さんがちかづいていくと、子ダヌキは背を向けて森の中に走っていきました。
 鈴木さんは、子ダヌキが消えていった森を、いつまでも見つめていました。

 しばらくすると、また幽霊機関車が出る、といううわさが広がりはじめました。
 ふつうの機関車の半分くらいしかない、小さくてかわいい幽霊機関車だ、ということです。




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