第185回   くしゃみ三回  1998.6.3





「くしゃみ三回、ルル参上」
 ……とは昔から言われていることわざだが、このルルというのは一体なんだろうか?
 参上というからには人名のようだが、聞いたことがない。上海から帰ってきたのはリルだし、魔法少女はララベルだし、おじさんはレレレで、ねずみ男はビビビである。そういえば、最近ねずみ男が松田聖子と結婚したとかインドネシアの大統領になったとかいう噂を聞いたが、まあこれは何かの間違いだろう。

 そんな埒もないことを考えてしまったのは、突然くしゃみを三連発してしまったからだ。ううむ、これは風邪でもひいたかと思って医学関係の文献を紐解いてみると、こんなことが書いてあった。
「一に誉められ二に憎まれ三に惚れられ四に風邪ひく」
 なるほど、風邪は四回以上か。三連発だから、とりあえず風邪ではなさそうだ。安心した。安心してもう一度読み返すと、くしゃみ三回は惚れられたという証拠らしい。
 そうか、惚れられたのか。困るなあ、うひゃひゃ。私に惚れた女性はどこにいる? ほらほら、恥ずかしがらずに名乗り出てごらん。悪いようにはしないから。
 ……などと一人で喜んでいたのだが、「女性とは限らないのではないか」という不吉な考えが頭をよぎった。ううむ。頭を振ってその考えを払いのけると、あらためて真面目に考察してみることにした。

 四回の「風邪ひく」はともかくとして、一二三の「誉められ、憎まれ、惚れられ」が問題だ。なぜなら、この場合誉めたり憎んだり惚れたりするのはくしゃみをする当人ではないからだ。
 他人に誉められたしるしに、自分がくしゃみをする。このような現象を説明するには、なんらかの遠隔作用を仮定しなければならない。たとえばテレパシーのような。
 テレパシーで会話をしたなどという話はあまり聞かないし、そんな主張をする者がいても大抵は作り話だろう。
 だが、くしゃみは違う。他人に噂をされてくしゃみをするという話は古今東西数多くの文献に登場するし、回数による分類さえおこなわれているくらいだから信憑性は高い。やはり、未知の遠隔作用によりこの現象が発生している、と考えざるを得ない。しかもこのくしゃみ効果は、超能力者ではない一般人にも発現している。
 すると、次に考えるべきは実用化、すなわちくしゃみ効果の通信への応用であろう。特別な機械も必要とせず、誰でも簡単に遠隔地に情報を伝えることができるのだから、実用化されればその恩恵は計り知れない。ポケベルや携帯電話も不要となるのだ。モバイルコンピューティングさえ可能かもしれない。
 ただし、一つ課題がある。伝達できる情報量の問題だ。四回までいけば風邪になってしまうのだから、使えるのは一回二回三回までである。これでは、伝えられる情報量もたかが知れている。
「今日の午後六時、梅田の紀伊国屋書店前で待ってるわ」
などという複雑な情報は伝えられないのだ。だから、使用する際には送信者と受信者の間で
「一回は紀伊国屋前、二回はナビオ阪急前、三回は大阪駅噴水前」
という取り決めをしておかなければならず、手間がかかる。これは実用化するためのネックだろう。

 ひょっとすると、くしゃみ効果よりももっと実用的な手段があるかもしれない。そう考えてさらに医学関係の文献を検索してみると、いくつか発見できた。
 まず、想われニキビ効果である。ニキビの場所を精密に測定することにより、くしゃみ効果より多くの情報を伝達できる可能性がある。ただし、これにも問題がある。情報転送速度だ。ニキビの生育には時間がかかり、緊急時には役に立たないだろう。
 もう一つは、わら人形効果である。しかし、こちらの方が問題は大きそうだ。身体に危害が及ぶ上に、丑三つ時でないと使用できない。実用化は困難だろう。

 やはり、くしゃみ効果に期待するしかないようだ。現時点では実用化に課題が残るが、この課題は必ずや次の世代が解決してくれることだろう。今は、可能性を示唆するに留めておくことにしよう。


 ……ひょっとして、ルルとはハクション大魔王の本名か?




第184回へ / 第185回 / 第186回へ

 目次へ戻る