第189回 サッカーにたとえると 1998.7.1
「ええ、皆さまどうも、小島です。すでに御存知とは思いますが、私このたび、ヨーロッパの営業拠点の方へ三年間出向することになりました。ここに出勤するのも今日が最後です。そこでこの場をお借りして、簡単ではありますがあいさつをさせていただきます」
簡単と言いつつ、この人のあいさつは長いんだよな。まあ、これが最後ということらしいから、聞いてあげることにしよう。
「ええ、大体こういう場合のあいさつというのは、今までやってきた仕事を振り返り、これからの仕事に対する抱負を述べるというのが相場になっていますが、私にはそういう話は荷が重いので、現在ワールドカップで話題になっているサッカーにたとえて、少し話してみたいと思います」
で、また、たとえ話が好きなんだ、この人は。おまけに流行の物を取り入れるのも好きだし。
「テレビでワールドカップの試合を見ていて感じたんですが、我々の仕事というのは、サッカーに似ていると思います。どこが似ているかというと、様々なポジションの人たちが集まってチームを組み、力を合わせて戦っていくところですね。そして、我々の仕事をサッカーのポジションにたとえると、こうなるかと思います。まず、営業部門の人たち。この人たちは、まさに最前線で競合メーカーと戦っているわけだから、フォワードになるわけです。果敢に敵のゴールを目指して突進していく、まさに花形のポジションですね」
なるほど、そうきたか。
「で、生産部門の人たち。この人たちは、前面に出ることはなく、縁の下の力持ち的存在です。だから、ディフェンダーになるわけです。目立たないけど重要なポジションです。そして、我々開発部門はどうかというと、あるときは営業と一緒に客先へ行って商談をし、またあるときは工場へ行って生産性向上に協力する、すなわち、フォワードとディフェンダーをつなぐミッドフィルダーになるわけです」
ううむ、そんな強引なたとえでいいのか。かなり無理があるような気がするぞ。
「で、今までの私の仕事を振り返ってみますと、わりと生産部門に近い仕事というか、工場との調整役が主体だったわけです。すなわちこれは、守備的ミッドフィルダーということですね」
あくまでこのたとえ話を貫き通すつもりだな。
「そして今度は、原籍は開発部門ですが、営業の最前線へと出向するわけですから、攻撃的ミッドフィルダーになるわけです」
そう来たか。なるほどねえ。ええと、ところでゴールキーパーはどうなるんだ?
「しかも出向先は本場のヨーロッパ。やりがいのある仕事だと思っています」
サッカーは本場かもしれないが、うちの会社の仕事としてはあんまり本場じゃないと思うぞ。
「で、話はここからいよいよオチになるわけですが」
こらこら、オチだと宣言してからオチを言うやつがいるか。というか、出向のあいさつにオチは不要だって。
「欧米人にとっては、日本人の名字というのは発音しにくいので、名前の略称で呼ばれることが多いんですよね。私の場合は和実ですから、カズと呼ばれるわけです。ええと、この呼び名は不吉というかなんというか、とにかく、向こうへ行ってから、『やっぱりお前は戦力外だ』とか言われて日本に送り返されることのないように、頑張りたいと思います」
ああっ、やっぱり、よりによってそのオチか。でもあんまりウケてないぞ。
「送り返されたときは、ちゃんと金髪に染めて帰ってきますので」
こらこら、まだ続くのか。でもやっぱりウケてないぞ。
「でも、魂だけは向こうに置いてこようかなあ、と」
つまり帰ってくるのは抜け殻か?
「帰国したときは、空港で水をぶっかけたりしないでくださいね。水もしたたるいい男だじょー、なんちゃって」
質より量できたか。しかし相変わらずウケてないぞ。
「というオチがついたところで、簡単ではありますが、あいさつに代えさせていただきます」
ううむ、こんなスピーチでもやっぱり拍手せなあかんのか。しゃあないなあ。パチパチパチパチ。
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