第202回   心霊写真をあなたに  1998.8.23





 というわけで、真夏の夜の怖い話シリーズ第2弾である。

 高校以来の友人、泉が大きな鞄をかかえて訪ねてきたのはつい先日のことだ。
「いろいろといい写真が手に入ったから、見せに来たで」
 またか。もういいかげん、飽き飽きしているというのに。
 いい写真といっても、えっちな写真のことではない。そんな写真ならいくら見ても飽きないのだが、泉が持ってくるのはいわゆる心霊写真なのだ。心霊写真は2種類に分けられる。トリックと勘違いだ。……いや、ひょっとしたら真の心霊写真というものもあるのかもしれないが、泉が持ってきた写真が本物であったためしがない。どうせ今回もそうだろう。
「まあそう言わんと。とにかく、これを見てくれや」

 最初に出てきたのは、2〜3才の子供の写真だ。画面右側、上から下にかけてピントのボケた、どう見ても電話か何かのコードにしか見えないものが垂れ下がっている。私は言った。
「どう見ても電話か何かのコードにしか見えないぞ」
「どう見ても電話か何かのコードにしか見えないけど、これは霊体なんや。動物霊、おそらく蛇やろな」
「どう見ても電話か何かのコードにしか見えなければ、電話か何かのコードだろう」
「そうか、すると電話か何かのコードの霊やな。無生物も作られてから99年たてば魂が宿って付喪神になるというし」
 ええと、電話が発明されてからは……99年以上たってるか。いちおう、つじつまは合ってるな。
「電話か何かのコードの霊ってことは、やっぱり低級霊なのか?」
「……いや、やっぱり高度な霊やろう」
 って、オマエは大喜利をしに来たのか?

 次に出てきたのは、三人の若い女性の写真だ。後ろは海。観光地で撮った記念写真のようだ。
「これは?」
「よう見てみいや。左端の女性の右手が写ってへんやろ」
 言われてみればそのとおりだ。女性の右手の肘から先が、ぼんやりとかすんだように消えている。
「どや? これこそ本物やろ」
 まあ待て。こういう写真はよくあるし、原因もはっきりしている。シャッター速度が遅いとき、手などを素早く動かすと写らないことがあるのだ。そう言うと、泉は反論する。
「でも、手を動かす必然性がないやろ?」
「いやある。これは記念写真だし、若い女性がこういう写真を撮るときにやることは一つしかない。すなわち、『ガチョーン』だ」
「なるほど。流行ってるからなあ……」

 次は、車の前で腕を組んでいるカップルの写真だ。女性は両手を男性の右手にからませているが、男性の左肩にはマニキュアを塗った手が置かれている。
「どうや? 手が一本多いやろ。これこそ、本物の心霊写真や」
 ううむ、確かにそう見えるな。後ろに誰かが隠れているということもなさそうだし。するとこれは本物か? いやいや。
「これは、この男の左手じゃないのか?」
 男は長袖の服を着て、左手をポケットに突っ込んでいるように見えるが本当にそうかは判然としない。後ろから回して、自分の肩に載せているという可能性は否定できないだろう。
「しかし、左手を自分の左肩に載せるなんてことができるんか?」
「できるさ。ほら、こうやって……」
 ボキッ。いたたたた。ほ、ほら、できるじゃないか。いてててて。

 次は……夕暮れの空。アダムスキー型の空飛ぶ円盤だ。非常にはっきりと写っている。す、すごい、これは本物だぞ。
「ん? なんや、変なのが紛れ込んどるな。心霊写真とちゃうやんか」
 泉はその写真を破るとゴミ箱に捨てた。……ああ、もったいない。

 最後に泉が取り出したのは、一冊の芸能雑誌だった。その雑誌に心霊写真が載っているのだろうか。
 そういえば、芸能界というところも怪奇現象の話が多い。松田聖子が歌っている後ろに自殺した岡田有希子の姿が映っていたり、松田優作が生前には発売されていないはずの缶コーヒーを持っていたり、その手の話題には事欠かない。
「それに心霊写真が載っているのか?」
「まあ待てや。その前に聞いておこう。SMAPって知っとるか?」
「馬鹿にするな。それくらい、いくらオレでも知ってるぞ」
「メンバーの名前は?」
「名前……ええと、キムタクと……キムタクと……キムタクと……と、とにかく、名前までは覚えてないけど顔を見ればわかるぞ、うん」
「なるほど。じゃあ、この写真を見てくれや」
 私は泉が開いたページを見た。コンサートだろうか、SMAPがステージで歌っている写真だ。みんな若い。けっこう昔の写真のようだ。しかし、これは……。
「おい、この写真は!」
「そうや、不思議な写真やろ」
 SMAPは、確か五人のはずだ。誤認ではない。しかし、その写真で歌っているのは六人。一人多い。
 バックダンサーでも紛れ込んでいるのだろうか。いや、六人とも揃いの衣装を着ている。私はその六人の顔を一人一人確認していった。名前まではわからないが、顔を見ればSMAPかどうかということくらいわかる。その六人は、すべて私の記憶にある顔だった。部外者が紛れ込んでいるわけではないのだ。
「これは一体……」
「おかしいやろ。SMAPは五人のはずやのに、そこには六人写っている。しかも、顔を見ても見知らぬ者はいない。一人多いのに、誰が多いのかわからない。これではまるで……」
「……そう、座敷わらしだ」
 私は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。まさか、こんな写真が存在するとは。泉も青ざめた顔をしている。

 私たちは無言でその写真を見つめたまま、恐怖に打ち震えていた。




第201回へ / 第202回 / 第203回へ

 目次へ戻る