第214回   煩悩戦隊サトレンジャー  1998.10.14





 人垣が割れ、異様な男たちが五、六人姿をあらわした。全身黒ずくめのタイツ状の服を着て、顔には髑髏を思わせるマスクを被っている。きれいに円を描いたように避ける人々を尻目に、彼らは奇声をあげながら道に広がって拳法もどきの構えを取った。
 そこへ、やや遅れて二十歳前後の女性が三人駆け込んでくる。丸い顔に大きな目、ショートカットの髪。三人の顔は区別が付かないほどよく似ている。おそらく三つ子だろう。サファリジャケットとキュロットスカートまでお揃いだったが、色だけは違う。彼女らのうちの一人がやや前へ出て、ポケットから独鈷杵を取り出して構えると叫んだ。
「逃がさないわよ、暗黒涅槃帝国!」

「はい、カット!」
 張りつめていた空気が緩む。サングラスをかけメガホンを持った男が出てきて言った。
「三十分休憩します。次は、シーン42・カット7から!」
 周囲にざわめきが戻る。見物人たちは散り始めたが、私はまだしばらく佇んでいた。

 ここ鹿島へは仕事で来た。某重要秘密会議に出席するためだったのだが、その会議が意外に早く終わり、せっかくだからちょっと駅前商店街でもうろついてみようかと思ってぶらぶらしていたら、テレビドラマのロケに遭遇したのである。正義の味方らしい三つ子は見覚えがなかったが、悪の戦闘員たちは記憶に残っていた。何度か見たことのある特撮もの、『煩悩戦隊サトレンジャー』である。
 この番組は、『秘密戦隊ゴレンジャー』から始まる戦隊シリーズの中では特異な作品だ。普通ならこの戦隊シリーズの主役は五人、多くても七人だが、このサトレンジャーはなんと百八人もいるのだ。百八とは煩悩の数であり、戦士一人ずつがそれぞれ一つの煩悩を象徴している。戦士たちは心の深奥に欲望を、罪を、悪を、トラウマを抱え、抱えるがゆえに苦悩する。そして、世界征服をたくらむ暗黒涅槃帝国との戦いの中でそれらを克服し、悟りを開き、解脱していくのだ。かなりシリアスなストーリーである。おそらく、前年の『ひみむ戦隊ダジャレンジャー』があまりにギャグに走りすぎたために視聴率的にはふるわなかったのを挽回しようという意図だろう。
 もちろん、お決まりの巨大ロボットも登場する。その名も阿修羅王。百八台のメカが合体するという代物で、合体シーンだけで三十分はかかるというからものすごい。必殺技の護法剣金剛花果山落としで、巨大化した敵の涅槃獣人を粉砕するのだ。うーっ、かっこいい。

 そして、敵の戦闘員と戦っていたところを見ると、この三つ子は百八人の戦士のうちの三人だろう。双子のタレントはザ・ピーナッツ、リンリン・ランランからマナカナ、KinKiKidsまで沢山いるが、三つ子というのは初めてではないだろうか。ひょっとすると、将来メジャーになるかもしれない。今のうちにサインでももらっておこう。そう考えて、三人に近づいていった。
 三人はこころよくサインをしてくれた。やや緊張気味だったのは、まだサインになれていないせいだろう。そして、このサインを見てようやく三人の名前が判明した。姓は花房、名はそれぞれ茜、葵、緑。この名前からすると、サトレンレッドとかサトレンブルーとかに変身するのだろうか。そう聞いてみたが、残念ながら違ったようだ。サトレンハナダ、サトレンギンネズ、サトレントクサというあまり馴染みのない色が割り当てられている。レッドやブルーなどのメジャーな色は主役クラスが持っていった、とのことである。まあ、百八人もいるから仕方ないのか。

 その後も三人からいろいろと話を聞いた。
 今回のストーリーは、彼女たち三人が同時に悟りを開く話だということだ。なにしろ一年間の放映で百八人が悟らなければならないのであわただしい。一度に二人、三人と悟らせる必要がある。だが、初めて自分たちが活躍するということで三人は張り切っていた。これから鹿島市ヘルスセンターに行って撮影があるという。なんでも、ヘルスセンターで三人が余興をしているところに涅槃獣人があらわれて……、とかいうストーリーのようだ。
 戦隊シリーズでは観光地とのタイアップ企画はよくあることだが、何もヘルスセンターで余興をしなくてもよかろうに。芸能界ってのは厳しいところだなあ。応援するぞ。がんばってくれ、ハナダよ、ギンネズよ、トクサよ。
 ……そういえば、変身前の役名を聞いてなかったな。なんというのだ?
「あたしは、ミザリイです」
 む。それはちょっと、洋風の名前ではないのか。やはり日本的というか仏教的というか、そういう類の名前の方が合いそうな気がするが。あとの二人は?
「あたしはキカザリイです」
「あたしはイワザリイです」
 なるほど。それなら日本的でいいだろう。三人組にする意味もあるし。すると、やはりその名前に即した余興をするわけだろうか? 気になったので、聞いてみた。
「ええ、よくわからないんですけど、歌謡ショーです。ギターと三味線を持って舞台にあがって」
 三味線? なんだかいやな予感がする。どんな歌を歌うんだ?
「こんな歌です」
「うちら陽気な鹿島市娘〜」

 ううむ、がんばってくれ、としか言えないなあ。




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