第233回   受けないジョークの作り方  1999.1.12





 みなさん、こんにちは。市民教養講座の時間です。今月は『ジョークと哲学』と題して作家の幣原幣彦先生にお話をうかがっています。今日はその第二回、『受けないジョークの作り方』です。それでは幣原先生、よろしくお願いします。
「はい、よろしく」
 さっそくですが先生、今回のタイトルは、どういうことでしょうか? ジョークというものは、受けた方がいいと思うのですが。
「うむ、もちろんそのとおりだ。しかし最近の私の文学的興味は、むしろ受けないジョークの方に大きく傾いている。なぜ私が受けないジョークの研究を始めたのか、それを知ってもらうために私の経歴を少し話しておこう」
 はい。
「知ってのとおり、私が作家としてデビューしたのは今から二十年前、夏声書院の日本ユーモア小説大賞に入選したのがきっかけだ」
 ええ、それは有名な話ですね。
「それ以来私はユーモア小説一筋、常に読者に笑いを与えようと粉骨砕身してきた。……まあ、たまには筆すさびで推理小説を書いたりもしたがな。そして今や私はユーモア小説界の第一人者と言っても過言ではない。そうだろ?」
 は、はい。おっしゃるとおりです。
「若いころの私の目標は、すべての人間を笑わせるジョークを作ること、だった。そのために古今東西のジョーク・笑い話・落語など、あらゆる資料を漁って研究した。だが、これは至難の技だった。老若男女、生活も違えば知識も違う、ありとあらゆる人を笑わせるジョークというものは、なかなか完成できなかった」
 ええ、そうでしょうね。
「ところがある日、私に天啓が下ったのだ。今まで悩んでいたのが嘘のように簡単に、一つのジョークを思いついたのだ。なに、ちょっとした発想の転換というか盲点を突いたというか、とにかくついに、すべての人間を笑わせるジョークが完成したのだ。それが……」
 はい、あの伝説のジョークと言われる『クジラの宙返り』ですね。あれは傑作です。
「そのとおり。しかし、人生の半ばにして究極のジョークを作り出してしまった私は、そこで人生の目的を見失ってしまったのだよ。これから私は、何を目標にして生きればいいのか? 私は悩んだ。苦悩した。ところがある日、私に天啓が下ったのだ」
 下ってほしい時にきちんと下るとは、典型的な天啓ですね。
「ええい、つまらんツッコミは入れんでよろしい。私はすでに、すべての人間を笑わせるジョークを作り出した。ならば逆に、一人の人間も笑わないジョーク、というものは作れないだろうか。それが私の、新たなる目標になったのだ」
 なるほど。しかしそれは、それほど難しいことでもないような気がしますが。
「いや、そうでもないぞ。どんなにつまらないジョークを言っても、それで笑ってしまう人間は存在するのだ。すべての人間を笑わせるのは困難だったが、すべての人間を笑わせないのも同様に困難なのだ。たとえば、つまらないジョークといえばどんなジョークを想像するかね?」
 え、ええと……そうですね、布団がふっとんだ、とか、猫が寝込んだ、とか。
「なるほど、ダジャレできたか。では今後は、ダジャレを例にして話を進めよう。しかし、それで誰も笑わない、ということはないぞ。現にほら、あそこにいる聴衆は笑っている」
 あっ、ほんとですね。ううむ。
「それに、君の言ったのは『つまらないジョーク』ではない。それは単なる『使い古されたジョーク』に過ぎないのだ」
 ははあ。
「つまり、布団がふっとんだ、というジョークも、登場した当初は斬新で、ものすごく受けたはずだ。ところが、それを多くの人が使っているうちにだんだんと受けなくなってくる。何度も耳にしていると次第にインパクトが薄れてくるからな。確かに、布団がふっとんだ、は現時点ではあまり受けない。しかしそれは、つまらないからではない。本来は面白いジョークなのに使い古されてしまったからなのだ」
 なるほど、わかってきました。
「私が求めているつまらないジョークとは、今までに聞いたこともない斬新なジョークでありながら、なおかつ受けない、そんなジョークなのだよ」
 なかなか難しそうですね。……たとえば、ストライク斬新、バッターアウト、とか?
「ほう、なかなかいいぞ。過去に例はないし、しかもかなりつまらない。しかしまだ、あの辺の聴衆は笑っているな」
 ううむ、確かに。では、いらっしゃ〜い、桂斬新で〜す、というのは?
「さっきより笑っている人数は減っているな。だがまだ、完璧にはほど遠いぞ。まあ、この私が一生をかけて追求しているテーマだ。そう簡単には達成できんさ」
 そうですよねえ……。では、斬新グオールナイト、ではどうでしょう?
「……ううむ、それはかなりのものだ……いやでもほら、あそこで三人ほど笑っているぞ」
 それでは、これで日本も斬新だ〜、では?
「そ、それは……ううむ、誰も笑わない……ば、馬鹿な、私のライフワークがそう簡単に……いや、わは、わはは、わはははは。どうだ、私は笑っているぞ。残念だったな、わは、わはははは、所詮は一介のアナウンサーごときが到達できるレベルのものではないのだ、わはははは」
 ……そ、そうですか……え、ええと、そろそろ時間が来たようです。来週は第三回『エレガントな下ネタ』をお送りします。先生、ありがとうございました。
「わは、わはは、わはははは」




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