第２４０回 素敵なネーミング 1999.2.22
人はなぜ、ものに名前を付けるのか。
そこにものがあるからだ、というわけではなくて、固有名詞を付けることによってそれが世界で唯一無二のものであることを主張したいのであろう。
とにかく、人は名前を付ける。人以外、生物以外のものに対しても。無生物の固有名詞というとまっさきに思い浮かぶのは地名や会社名などだが、その他のもの、たとえば乗り物などにも固有名詞を付けることが多い。
固有名詞の付いた乗り物で、もっとも多いのは船舶だろう。旧日本海軍の軍艦には大和や武蔵などの旧国名が付けられることが多かったし、現代の漁船には第五福竜丸・第三惑星丸・第三帝国丸・第七封印丸といったパターンの名前が付けられている。おそらく、ほぼすべての船舶に名前が付いているのだろう。なにしろ、公園の池に浮かぶボートにさえ、あかしあ号とかしらかば号とかいった名前が付いているのだ。
これが自動車になると、名前が付いている割合は減少する。それでも、きょうこ号とかまりな号とか名付ける者は少なからず存在する。しかしこれが自転車や三輪車や乳母車や車椅子になると、名前を付けているものはほとんどいないだろう。
その他、ごく一部のマニアの間では、パソコンや携帯電話や腕時計や歯ブラシや爪楊枝にまで名前を付けていると言われているが、ここまでくるとほとんど理解不能である。
無生物に対しても名前を付けるのだから、生物に付けないわけがない。犬や猫などのペットには、ほとんど名前が付いている。付いていないのは苦沙弥先生のところの猫くらいである。やはり、無生物と違って「名前を呼べばちゃんと反応がある」ので、名前の付け甲斐があるということだろう。
付け甲斐ということを考えれば、もっとも付け甲斐があるのはやはり人間だ。自分の子供に名前を付けるときは誰しも知恵を絞っていい名前を付けようとするだろう。名前によって人生が左右されることもあるし、ペットの名前のように気軽に付けるわけにはいかない。そういえば、日本列島改造論華やかなりし頃、某所の田中さんが生まれた息子に角栄と名付けたことがあった。当時は非常に「いい名前」だったのだが、やがてロッキード事件により当の田中角栄元首相が逮捕された後は、この角栄くんは学校でいじめられて大変だったという。そういうこともあるので、名前を付けるときは熟慮した方がいいだろう。特に現役の政治家の名前などは、この先何があるかわからないので付けない方が賢明である。
とはいえ、残念ながら自分の名前を自分で付けるわけにはいかない。親の付けた名前が気に入らないという人もいるだろう。しかし、だからといって泣き寝入りすることはない。世の中には、筆名や芸名といった便利なものがあるのだ。これなら自分で好きな名前が付けられるので、気に入らないと悩むことはない。今までは、筆名や芸名は有名人だけのものだったが、いまやインターネットの発達により一般人も気軽に使うことができるようになった。というわけで、ここからインターネット文明論を展開してもいいのだが、前置きがいささか長くなりすぎているので割愛することにして、ようやく本題である。
筆名や芸名の付け方には、いくつかのパターンがある。その一つに、「尊敬する人物・師と仰ぐ人物の名前にあやかって付ける」というものがあり、日本人が外国人の名前にあやかって付ける場合が多い。もっとも有名なのは、エドガー・アラン・ポーにあやかった江戸川乱歩だろう。この手のネーミングはその気になって探せば意外に多く見つかる。たとえば、こんな人たちだ。
バスター・キートン→益田喜頓
イーデス・ハンソン→半村良
アーサー・Ｃ・クラーク→浅倉久志
グレタ・ガルボ→呉田軽穂
ダニー・ケイ→谷啓
ベン・ケーシー→弁慶
チャールズ・ブロンソン→武論尊
サダム・アサシン→さだまさし
タージ・マハール→田島はる
ジョージ・マッケンジー→城島健司
オードリー・ヘップバーン→鳳圭助
スタルヒン→須田博
ラフカディオ・ハーン→小泉八雲
イザヤ・ベンダサン→山本七平
最後の方になると、どこをどうもじればそんな日本名になるのか理解に苦しむが、とにかく、外国人にあやかった名前はこれだけ存在するのだ。
もちろん、あやかり元は外国人だけではない。日本人にあやかった名前を付けることもある。
清原夏野→清原なつの
大江千里→大江千里
金田一京助→金田一耕助
勝海舟→加勢大周
山上たつひこ→山止たつひこ
柳田國男→柳田邦男
引田天功→引田天功
市川団十郎→市川団十郎→市川団十郎→市川団十郎→（以下略）
こちらはあまり気のきいたネーミングはないようだ。やはり、外国名から日本名への変換の意外性を面白く感じてしまうからだろうか。日本名あやかり組も、もう少しがんばってほしいものだ。
え？ そういうお前の名前はどうなんだって？
そう、うえだたみおというのは本名である。私の母親が昔からユニコーンのファンで、私が生まれたとき、立派な歌手になるようにと奥田民生にあやかってこの名前が付けられたのだ。
しかし、その母の願いもむなしく、音楽の才能はゼロなのであった。
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