第252回   お台場ダイバー  1999.4.25





 新橋から「ゆりかもめ」に乗って十五分ほど走ると、そこはお台場である。
 このお台場、今でこそ公園として整備され格好のデートスポットとなっているが、元々はそのようなロマンチックな場所ではなかった。海に向けた砲台がいくつも並んだ軍事施設だったのだ。

 話は江戸時代にさかのぼる。
 江戸時代、日本は鎖国の法により外国との関係を絶ち、狭い国土の中で束の間の平和にまどろんでいたが、しかし江戸も末期となると諸外国の船が開国を求めて日本近海に頻繁に出没するようになる。そしてついに、寛永6年(1853年)6月3日、黒船が浦賀沖に姿をあらわしたのだ。
 この黒船を見て驚いたのが幕府である。なにしろ、外敵に対する備えなど全くなかったのだ。そこで、あわてて海岸に防衛施設などを作ろうとしたのだが、当時の幕府は長期低落傾向が続き財政破綻状態、そんな金があるはずもない。まさに幕府スランプ、という状態だったのだ。このダジャレは以前も使ったかもしれないが、そんな細かいことは気にしていられないほどのスランプだったのである。
 ところで、幕府といえば日本だけのもの、と思いこんでいる人が多くはないだろうか。実は外国にも幕府があったのだ。その中でも特に有名なのが、アメリカのナイアガラ幕府である。もっともナイアガラの場合は、幕府よりもこの周辺で人や乗物などが原因不明の消失を遂げることの方が有名なのだが。
 今世紀のはじめ、アメリカにハリー・フーディニという有名なマジシャンがいた。彼はある日、両手に手錠をかけて樽の中に入り、その樽をナイアガラの滝から落下させるという暴挙に出たのだ。見物していた野次馬たちはあわてて滝壺から樽を引き上げたが、フーディニの姿はその樽の中から忽然と消え失せていたのである。これ以来、ナイアガラ周辺では人や車や船や飛行機が多数消失しており、いつしかこの地域はナイアガラ・トライアングルと呼ばれるようになった。最近では、日本人の大滝詠一他二名が消失している。ナイアガラ周辺を旅行するときは、十分注意をした方がいいだろう。

 ええと、何の話をしていたんだっけ。
 そうそう、お台場の歴史である。
 とにかく、黒船がやってきたのだ。四隻やってきたわけだが、すべてが黒く塗られていたわけではない。ペリー提督の乗船する旗艦は、真っ赤な色をしていたという話だ。そしてこの黒船は通常の黒船の三倍のスピードで接近してきたという。一説によると、この赤い黒船は頭部に羽根飾りを付けていたとの話だが、黒船の頭部というのはどこだろう。どうもこの話は怪しい。単なる都市伝説かもしれない。
 余談だが、このペリー提督、アメリカ本国ではそれほど有名ではない。黒船来航も、日本にしてみれば幕末史をいろどる重要な事件だが、アメリカにとっては小さな出来事に過ぎないのだろう。その後現在に至るまでの日米関係を彷彿とさせるような話である。ペリー提督の名が一般に知られているのは、日本と、そして意外なことにドイツである。なぜドイツで人気があるのかよくわからないのだが、とにかくペリー提督の伝記はドイツでは常にベストセラーになり、現在までに二千巻以上も書き続けられているという。たかが伝記に、そんなに書き続けられるネタがあるとは不思議だが、おそらく作者の創作を大幅に混ぜているのだろう。ひょっとしたら、宇宙の彼方で悪い宇宙人と戦ったり、タイムマシンでジュラ紀へ行ったりして、勝手に宇宙英雄にされているのかもしれない。

 ええと、何の話をしていたんだっけ。
 そうそう、お台場の歴史である。
 黒船を見てようやく海防の重要性に気づいた幕府は、江戸湾に埋め立て地を作ってそこに砲台を備えようとした。しかし、当時の幕府にそんな資金があるはずもない。そして幕府は途方に暮れる。
 途方に暮れた大老・阿部伊豆守が江戸湾の海岸に立ってぼんやり海を眺めていると、そこへ一人のインド人の高僧がやってきた。問われるままに伊豆守が事情を話すと、その高僧は自分に任せておけと言う。そして、持っていた杖を振り上げると何やら呪文を唱え始めた。すると驚くべき事に、江戸湾の海底が隆起し、一瞬のうちに埋め立て地が出現したのだ。幕府はさっそくこの土地に砲台を備え付けた。そして、感謝の気持ちを込めて、この高僧にちなんでこの土地を台場と名付けたのである。すでにおわかりかと思うが、この高僧は、ひそかに来日していたダイバダッタだった。
 このお台場と本土を結ぶ橋はレインボーブリッジという。お台場がダイバダッタにちなんだ名なら、このレインボーブリッジは何にちなんでいるのか、それはもう、火の化身を見るより明らかだろう。

 などと、お台場の歴史に思いを馳せながら歩いていると、フジテレビのモダンなビルが目に入る。
 ガラスを多く使った近未来的なビルが二つ並んで建っており、何本かの細長い渡り廊下で繋がっている。そして、この渡り廊下には……ああっ、フジテレビよ、なんということをするのだ。恥ずかしいぞ。おまえにはプライドというものがないのか。そこまでしてウケを狙いたいのか。
 私が何を驚いているのかというと、その細長い渡り廊下の途中に、巨大な球体があったのだ。ちょうど、渡り廊下で串刺しにされているように見える。困ったものだ。いくら今『だんご3兄弟』がブームだからといって、自社ビルを串だんごに改造してしまうとはとんでもない話である。しかもこのだんご、まだ一つしか完成していない。残り二つが完成するころには、すでにブームは終わっているのではないか? まったく、一時の流行に乗ってこんなことをしても、後悔するに決まっているのに。フジテレビも軽はずみなことをしたものだ。

 というわけで、お台場をひととおり見学した私は大阪に戻ってきた。
 せっかく東京に行ったのだから、もっとあちこち見て回ればいいのに、と思うだろうが、なあに、これでいいのだ。あまり金を使わずに十分楽しめたのだから。お台場見てのお帰りだよ、ということだ。




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