第251回 君のハートを乗せたくて 1999.4.19
街を車で走っているとよく『赤ちゃんが乗っています』と書かれたステッカーだかアクセサリーだかを貼っている車を目にするがあれには何の意味があるのだろうか。
乗っている赤ちゃんが突然泣き出してあわててしまいハンドル操作を誤って暴走するかもしれないので注意してくださいうひゃあそれは大変だ離れて走ろうくわばらくわばらという反応を期待しているのだろうか。私たちには赤ちゃんが産まれたんですよどうですうらやましいでしょうほっとけオレはどうせ赤ちゃんどころか結婚もしていないよしくしくしくなどと世の独身者を嫌な気分にさせることが目的なのだろうか。大事な赤ちゃんが乗っているので注意してくださいね決して追突なんかしないでくださいねお願いしますなるほどそうか赤ちゃんが乗っているのかだったら追突しないようにしようって赤ちゃんが乗ってない車には追突してもええっちゅーんかいなどと後続のドライバーに一人ボケツッコミをやらせようというのか。まったく意図不明である。しかもそういう車に限って実際には赤ちゃんが乗っておらずおっさんが一人で運転していたりするのである。そんな虚偽記載が許されていいのかだったらオレの車にもそういうステッカーを貼ってもいいということだなよし貼ってやるぞというわけで私は近所のオートバックスを訪れたのであった。
さすがはオートバックスステッカーの品揃えは大したものだほら周囲はステッカーだらけ見渡す限りステッカーだなにしろ地平線の向こうまで続いているからなあアホなこと言うなそんなに広いわけあらへんやろがとここでも一人ボケツッコミをかましつつ店内をうろつく。ふむ一口にステッカーと言ってもいろいろあるなどれどれこれは『最大積載量ギャルだけ』『全長25メートル死ぬ気で追い越せ』『お先にどうぞ』『お先に失礼』『返せ北方領土』『ノッケー』『ガチョーン』『オレの走りに着いてこれるかなフッ』『あふりか象が好きっ』『これを見た人は明日死にます』『大阪府警』『成田山』なんだなんだこんなにあるのかこれはちょっと選びきれないぞやはりここはオーソドックスに『乗っています』系でいこうかオートバックスでオーソドックスわははははいや大して面白くないなしくしく。
さてどれにしようかおっこれなんかいいぞ『ヤクザが乗っています』まあ私の車はどう見てもヤクザが乗りそうにないのだがそれどころか小泉今日子が乗ったら似合いそうな車なのだが実際小泉今日子がCMやってたからそれも当然だなとにかくそんな車にこのステッカーを貼っておくのもシャレっぽくていいかもしれない。こらそこの兄ちゃんちょっと待たんかい何ですか私のことですかそうやキサマ龍神会の鉄砲玉やなななななんですかそれは私は龍神会なんかとは何の関係もありませんよとぼけたらあかんでちゃんと『ヤクザが乗っています』ってステッカーが貼ってあるやないかいえいえそれは単にシャレで貼っておいたもので何やとシャレやとヤクザを馬鹿にしとるんかワレいてまうぞバンバンバンぎゃあああ怖い怖いそんなことになったら大変だしくしくこのステッカーはやめておこう。
ならばこっちはどうだ『彼女が乗っています』あらやだあの人あんなステッカー貼ってるわ彼女なんか乗っていないのに見栄っ張りねえこらこら何を言うここに彼女が乗っているのが見えないのか何見えないそうかそうか実は私の彼女は馬鹿には見えないのだよ馬鹿にはほらちゃんと私には助手席に座っている彼女が見えるぞいや見えないぞおかしい一体彼女はどこへ行ってしまったのだ私も馬鹿になってしまったのかあっよく見ると助手席のシートがぐっしょりと濡れてしかもこのバックミラーに映る不気味な影ぎゃあああ怖い怖いそんなことになったら大変だしくしくこのステッカーはやめておこう。
おっとこんなのもあった『アブラが乗っています』なかなかシャレっぽくていいかもしれない。ちょいとそこ行く油屋さん油屋さんてばえっ何ですか私のことですかあんたしかおらへんやないの丁度よかったわ行灯の油が切れたとこやねん五百匁ほど頼むわへいへいわかりました毎度ありはっ私はなぜこんなところで油を売っているのだおまけにこの周囲の風景は粋な黒塀見越しの松に道行く人は皆ちょんまげなりああっここは江戸時代ではないかいつのまに紛れ込んでしまったのだタイムスリップか時空の裂け目かバミューダトライアングルか元の世界に帰るにはどうしたらいいのだ怖い怖いそんなことになったら大変だしくしくこのステッカーはやめておこう。
こんなのもあるな『私が乗っています』ああっ私の車だ返してくださいななななんですかあなたは突然これは私の車ですよいえいえちゃんと私が乗っていると書いてあるじゃありませんかいやこれはあなたのことではなくて私のことなんですがごまかそうったって無駄ですよ私と言えば私のことに決まってるじゃないすかいやあなたのことではなくて私のことでだから私のことでしょわかんないひとだなあこらこら勝手に乗り込んでくるんじゃないだって私が乗っていますと書いてある以上は乗らないといけないんです駄目だ駄目だ駄目だってのにわああああ怖い怖いそんなことになったら大変だしくしくこのステッカーはやめておこう。
ならばこれはどうだ『あなたが乗っています』ああっ私の車だ返してくださいななななんですかまたあなたですかこれは私の車ですよいえいえちゃんとあなたが乗っていると書いてあるじゃありませんかいやこれはあなたのことではなくて私のことなんですが何を言っているんですかあなたが私のはずがないでしょ山のあなたの空遠く私が乗ると人の言うわかんない人だなあこらこら勝手に乗り込んでくるんじゃないだってあなたが乗っていますと書いてある以上は乗らないといけないんです駄目だ駄目だ駄目だってのにわああああ怖い怖いそんなことになったら大変だしくしくこのステッカーはやめておこう。
一体どういうことだこれはどのステッカーを貼っても恐ろしい結末が待ち受けているではないかどうすればいいのだなんとかしてくれと悩んでいたらこんなステッカーを見つけたうむこれなら大丈夫だこれを貼っておこう『私は乗っていません』『あなたは乗っていません』『誰も乗っていません』『乗ってないってば』。
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