第270回   宇宙はじめて物語  1999.7.29





 久しぶりに毛利さんを見た。
 毛利さんといっても、ゲーム名人の毛利さんや野球選手の毛利さんや雑文書きの毛利さんではない。宇宙飛行士の毛利衛さんである。昨日の新聞に載っていたのだ。新聞によると、九月十六日に打ち上げ予定のスペースシャトル・エンデバーで二度目の宇宙飛行をおこなうらしい。毛利さんもすでに五十一歳、「日本人宇宙飛行士としては初めての五十歳代」と書いてあった。
 わざわざそんなことまで書かなくてもいいのに、とも思うが、まあ何かキャッチフレーズが欲しいのだろう。日本人宇宙飛行士も回を重ねるにつれて次第に話題性が薄れてくるから「今回は特別だぞ。めずらしいんだぞ。初めてなんだぞ」と強調してなんとか興味を引こうとしているのだろう。
 しかしまあ、よくも毎回「初めて」のネタを見つけてくるものだ、と感心する。日本人宇宙飛行士の歴史は「初めて」の歴史、と言っても過言ではないだろう。たとえばこんな感じである。

「日本人初の宇宙飛行」
「日本人初のスペースシャトル搭乗」
「日本人初の女性宇宙飛行士」
「日本人初の宇宙遊泳」
「日本人初の五十歳代宇宙飛行士」
「日本人初の女性では二度目の宇宙飛行」

 最後のはちょっと苦しいというか、初めてなのか二度目なのか混乱しそうだが、これからどんどん日本人の宇宙飛行が増えていくともっと苦しくなってくるだろう。だんだん「初めて」のネタが尽きてくるからだ。

「日本人初の船長」
「初めての日本人二人搭乗」
「初めての全員日本人」

 この辺はまあいいとしても、なかなか特長が見つからない場合もあるだろう。しかし、そんな場合でも無理矢理「初めて」のネタを考えねばならないのだ。

「日本人初の政治家」
「日本人初の元プロ野球選手」
「日本人初の体重3ケタ」
「大阪府民としては初めて」
「静岡県民としては初めて」
「小泉今日子ファンとしては初めて」
「ニューハーフとしては初めて」
「雑文書きとしては初めて」

 だんだん情けなくなってくるが、まだまだこんなものではない。さらに日本人の宇宙旅行が増え、大阪府民も静岡県民も小泉今日子ファンもニューハーフも雑文書きもすでに先例があったらもっと苦しくなってくるのだ。

「町内では初めて」
「メゾン大西の住民としては初めて」
「我が家では初めて」

 これすらも先例があったとしたら、残す砦はもうこれしかない。

「うえだたみおとしては初めて」

 これなら何があっても大丈夫だろう。いまやうえだたみおと言えば、日本では私一人でございます。
 しかし、こんなところでしか特長を示せない、というのは情けない。もっとインパクトのあるキャッチフレーズはないだろうか。こんなのはどうだ?

「日本人初の事故死者」

 いやいや、どうせなら景気よく世界初でいこう。

「世界初の殺人被害者」

 衛星軌道上を飛行するスペースシャトル・エクスカリバー。その究極の密室の中で、殺人事件が発生した! 現場は操縦室、被害者の船長は純金の野村監督像で頭を殴られて息絶えていたが、その操縦室には内側から鍵がかかっていたのだ。残された乗組員六人は全員テレビで阪神タイガースのナイターを見ていてアリバイがある。この事件に挑むのは、日本からNASAへと急遽招聘されたダジャレ探偵・久遠寺翔吾。はたして宇宙二重密室と鉄壁のアリバイの謎を解くことができるのか? ケネディ宇宙センターのコントロールルームから、はるか宇宙空間を隔てた前代未聞の遠距離推理が今始まる!
 ……こんな小説、すでに誰かが書いていそうだな。

 しかし、いくら有名になったところで事故死者や殺人被害者ではすでに自分はこの世にいないではないか。それでは名前が売れても意味がない。なんとかして、生きていながら名前を売らなければ。だとすれば、やはりダジャレだろう。スペースシャトルの中でダジャレを言うのだ。「この広大な宇宙空間に来て、ようやく私も悟りをひらくことができました。スペース悟る」そしてキャッチフレーズは「地球からもっとも遠いところでダジャレを言った男」。
 いやダメだ。スペースシャトルは衛星軌道上を飛んでいるだけではないか。アポロ宇宙船は月まで行っているのだ。もしアポロの宇宙飛行士たちが月面でダジャレを言っていれば……いやアメリカ人のことだ、言っているに決まっている。

「男は黙ってアッポロビール」
「甘茶でアッポロ」
「アポ、アポ、アポロ坂田♪」
「アポロ、行きま〜す!」
「月に代わって月代よ☆」

 ううむ、いま聞いても大して面白くないが、三十年前だったらこの程度のダジャレでも世界は爆笑の渦だったのだろう。
 ともかく、スペースシャトルでは「地球からもっとも遠いところでダジャレを言った男」の称号を得ることはできない。するとやはり、火星有人飛行が実現するまで待たねばならないのか。

「火星の居心地はどうですか?」
「うむ、マーズマーズじゃのう」

 このダジャレを言うまでは、死ぬわけにはいかんのじゃ。




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