第295回   けだものだもの  2000.1.15





 カモノハシを見たことがあるだろうか。
 そう、あの、毛の生えた体にカモそっくりのくちばしがくっついている奇妙な動物である。その奇妙さといったら、たとえその目で見たとしても本当にこんな動物が存在するとはにわかに信じられないほどだ。そのはなはだ特徴的な外見が幸いしてか、いまやオーストラリアを代表する動物となっている。日本での知名度はカンガルーやコアラには劣るが、まあハリモグラやウォンバットよりは上なので一安心だろう。
 何が一安心なのかよくわからないが、まあそれはともかく、カモノハシはオーストラリアに生息するため発見されたのも遅く十八世紀である。もちろん現地に昔から住むアボリジニにははるか以前から発見されていたのだが、西欧人に発見されて研究の対象となったのが十八世紀ということなのでご寛恕願いたい。

 カモノハシをはじめて発見して記述したのはジョージ・ショウである。(Shaw, George. 1799. The naturalist miscellany, Plate 385)
 うむ、こう書くとなんだか学術論文みたいでかっこいいな。と自分で書いてしまうのはやっぱりかっこ悪いか。などという話はどうでもよくて、当然のことながらこのショウも最初にカモノハシ(の死体)を見たときには、にわかには信じられなかった。カワウソか何かの体に鳥のくちばしをくっつけた悪趣味ないたずらだと思ったのだ。
 ショウがそう思うのも無理はない。当時は、こういった架空の動物の剥製が欧米には大量に出回っていたのだ。そのほとんどは中国製である。まあ作る方も作る方だが、嬉しがって大金を払って購入し『東洋・神秘の動物展』などと称してヨーロッパ各地の都市を巡回して儲ける方も儲ける方だ。
 それらの剥製、どんなものがあったのかと言うと、たとえば、サルの頭と胴体の剥製に魚の剥製をくっつけた人魚。子馬の剥製に鳥の翼をくっつけたペガサス。ライオンの剥製に鳥の頭と翼をくっつけたグリフォン。ウナギの剥製と犬の剥製をくっつけたウナギイヌ。亀の剥製とバズーカ砲の剥製をくっつけたカメバズーカ。などである。他にもケンタウルスやミノタウルスなどの剥製もあったらしいが、ううむ、このあたりはどうやって作ったのかあまり想像したくない。
 しかし、ショウが見たその剥製は偽物ではなかった。詳細に調査しても細工の跡など見つからなかったのだ。そしてついにショウは生きて動いている姿を見ることに成功する。やはり、カモノハシは実在していたのだ。
 だが、ここから先がまた一苦労である。とりあえず報告をまとめて本国に送っては見たものの、やっぱり誰もそんな奇妙な動物の存在など信用しないのだ。ショウは考えた。ショウがないなあ。いや、そういうダジャレではなくて、本国の頭の硬い科学者たちを説得するために、ショウは手練手管を尽くした。
「カモノハシは確かに存在するのだ。オーストラリアにはくちばしを持った奇妙な獣がすんでいる、とゲーテも言っている」
「オーストラリア各地に分布し、その生息数はおよそ五十六億七千万匹」
「カモノハシの鳴き声は『ゲゲボ』である」
「カモノハシは現地ではとても怖れられている。ときどき人間の子供を川に引きずり込んで尻子玉を抜くからだ。カモノハシの好物はキュウリで、得意なのは相撲」
 だから、そういうことを言うから信用されないんだってば。

 とまあ、そんなこともあったが数年経ってようやくショウの発見も認められ、現地を訪れる者も増えてカモノハシの研究も進んでいった。ところがこのカモノハシ、調べるにつれてどんどん奇妙な特徴が増えてくる。カモのくちばしだけではなかったのだ。
 まず、卵を生む。卵である。哺乳類のくせに。で、その卵をどこから生むかというと、総排泄孔からである。総排泄孔とは尿・糞・卵が出る穴で、他の哺乳類と違ってこれらが一つの穴から出てくるのである。単孔類と呼ばれるゆえんだ。ううむしかし、穴が一つしかないとは。それはちょっと気持ち悪いというか気持ちいいというか、まあ一部のマニアは喜びそうである。
 さらにカモノハシには乳首がない。お腹のしわの隙間から母乳がしみ出してきて、赤ん坊はそれをなめるのである。ううむしかし、乳首がないとは。それはちょっと気持ち悪いというか気持ちいいというか、まあ一部のマニアは喜びそうである。
 そして、オスの後ろ足には毒を持った蹴爪がある。哺乳類のくせに毒を持っているのだ。哺乳類の中で毒を持っているものはカモノハシのみ、人間にも毒舌家とか毒婦とか毒蝮三太夫とか呼ばれるものがいるがそれらは本当に毒を持っているわけではない。ううむしかし、毒を持っているとは。それはちょっと気持ち悪いというか気持ちいいというか、まあ一部のマニアは喜びそうである。

 このようにマニア受けするカモノハシであるが、いったいどのような進化の過程を経て誕生したのだろうか。それはよくわからないが、アボリジニたちに伝わる神話では、カモノハシの誕生はこのように語られている。
 一羽の、若い女性のカモがいた。ある日、そのカモが小川で独りで水浴びをしていたのだ。カモの入浴シーンである。これも一部のマニアなら喜びそうだが、喜んだものは他にもいた。水中から、カモの背後に忍び寄る黒い影があったのだ。
「きゃあっ、だ、誰?」
「へっへっへ、ねえちゃん、ええ体しとるやないか」
 あらわれたのはミズネズミである。下から読んでもミズネズミ。
「なんですか、あっちに行ってください」
「まあそういわずに、オレとつきあえや、ねえちゃん」
「な、なにをするんですか!」
「ほらほら、オレが天国に行かせたるで」
「いやああっ! やめてえっ! けだものっ!」
 まあ、けだものなのだが。
 その後このカモ、ミズネズミに拉致監禁されてしまうのだが、なんとかすきを見て逃げ出すことができた。しかし安心したのも束の間、やがて産卵期が来て彼女が生んだ卵からは、毛皮に覆われて四肢とくちばしを持った奇妙な子供たちが続々と生まれてきたのである。
 こうしてカモノハシは誕生したわけだ。悲しい話である。やはり、若い女性が気軽に小川で水浴びなどしてはいけない、という教訓だろう。
 ところで、カモについてはもう一つの神話もある。やはり同じように若い女性のカモが小川で水浴びをしていると、別の動物に襲われた。今度はシカだ。その結果生まれたのは、もちろんカモシカである。



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