第304回   蟻喰いの時代  2000.3.20





 バクは夢を食べるなどと言われているが、もちろん本当に食べるわけではない。単なる伝説である。
 それと同様に、アリクイがアリを食べるというのも単なる伝説だと思っていたのだが、『よいこのどうぶつずかん』で調べてみたら本当にアリを食べるではないか。びっくりした。まさに目からマナコが落ちる思いだ。

 しかし、アリというもの、はたして美味しいのであろうか? あの外見からしてあまり美味しそうには見えないのだが、見映えが悪いものの方がかえって美味しいという説もある。我々がよく食べているイカやタコやウニや火星人などはその筆頭だろう。
 では、アリの味はどうか。その昔、香取慎吾は「アリを食べると甘い」と語ったようだが、裸でサル山に登ってボスザルに叱られているような男の言うことだからあまり信用はできない。と思って『よいこのどうぶつずかん』で調べてみたら、やはり、アリは普通はとてもすっぱいようだ。体の中に蟻酸があるからである。そう、ありさんがあるのだ。なんだかかわいい名前だぞ、ありさん。しかし名前に惑わされてはいけない。ありさんは強力な酸なのだ。だから食べるときは注意して、ゆっくり食べなければいけない。あんまり急いで食べると、胃の中でありさんとありさんがこっつんこしてしまうのだ。さらに恐ろしいことには記憶障害を引き起こす。お使いも忘れてしまうかもしれない。注意注意。
 ……え? それは「ぎさん」と読むって? まあ、そういう細かいことは気にしなくてよろしい。

 しかし、アリクイというのも、ずいぶんかわいそうな名前である。なにしろ「アリクイ」なのだ。アリという昆虫によって、二次的に定義されているに過ぎない。一次的な名前は付いていないのだ。
 もちろん、他にも「○○食い」と名付けられた動物は存在する。カニ食いザル、人食いトラ、金食い虫、立ち食いそば、などだ。だがこれらはちゃんと一次的な名前も持っている。それぞれ、サルでありトラであり虫でありそばであるのだ。だから、たとえカニや人や金や立ちが存在しなくなっても、これらの動物の存在は揺るがない。単に、サルやトラや虫やそばに戻るだけだ。
 しかるに、アリクイはどうか。アリが存在しなくなれば、「アリクイ」という名前も意味を持たなくなる。自らのアイデンティティーを主張するのに、アリという他者に頼らざるを得ないのだ。はなはだ不安定な立場である。これはかわいそうだ。だから、せめて「アリクイ○○」と一次的な名前も付けてあげようではないか。
 どういう名前を付けたらいいだろう? アリクイグマ。アリクイザル。アリクイブタ。ううむ違うな。クマでもサルでもブタでもない。いったいアリクイは何科の動物なのだ? と思って『よいこのどうぶつずかん』で調べてみたら、なんとアリクイ科である。ではアリクイアリクイと名付けよう。って、それでは何の解決にもなっていないではないか。
 困ったものだ。アリクイはアリクイとしか呼びようがないからなあ。だったらいっそのこと、もっとも一般的な名前を持ってきてアリクイケモノと名付けてはどうか。ずいぶん大雑把なネーミングだが、少なくともウソではあるまい。
 しかしこの名前、ナマケモノと混同されそうである。同じ貧歯目の仲間だからいいかとも思うが、やはりアリクイとナマケモノでは違いすぎる。だいたい、ナマケモノの方も「ナマのケモノ」というはなはだいいかげんなネーミングではないか。ケモノがナマなのは当たり前で、焼いたケモノや煮たケモノがジャングルの中をうろつき回っていたら怖いぞ。やっぱりアリクイケモノではダメだ。
 ううむ仕方ない、アリクイの名前をなんとかするのが無理なら、アリの方を変えよう。アリではなく、アリクイクワレと呼ぶことにするのだ。こっちが二次的な名前を甘受せねばならないのなら、相手を一次的な名前から三次的な名前に引きずり降ろせばいいのだ。何だか卑怯な気もするが、背に腹は替えられない。
 これですべては解決……と思ったが、やはりこれではアリの側から抗議がありそうだ。まあ、抗議があったら、今度はアリクイをアリクイクワレクイと呼ぶことにしたらいい。さらに抗議があれば、アリクイクワレクイクワレ、アリクイクワレクイクワレクイ、アリクイクワレクイクワレクイクワレ、アリクイクワレクイクワレクイクワレクイ……。




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