第311回   君よ知るや黄金の国  2000.5.14





 誰が言い出したのかは知らないが、どうやらジパングは黄金の国らしい。ゴーゴンの国ならギリシャでベーコンの国ならイギリスだが、黄金の国はジパングなのだ。ジパングと言っても、足のないモビルスーツやソース焼きそばのことではない。日本のことである。
 誰が言い出したのかは知らないが……いや、誰が言い出したのかはだいたいわかっている。マルコ・ポーロである。タマゴボーロでもトルコブーロでもカエルコールでもなくマルコポーロだ。そのマルコ・ポーロは、『東方見聞録』でこう書いている。


 ジパングは東海にある大きな島で、大陸から二千四百キロの距離にある。住民は色が白く、文化的で、物資にめぐまれている。偶像を崇拝し、どこにも属せず、独立している。黄金は無尽蔵にあるが、国王は輸出を禁じている。しかも大陸から非常に遠いので、商人もこの国をあまりおとずれず、そのため黄金が想像できぬほど豊富なのだ。
 この島の支配者の豪華な宮殿について述べよう。ヨーロッパの教会堂の屋根が鉛でふかれているように、宮殿の屋根はすべて黄金でふかれており、その価格はとても評価できない。宮殿内の道路や部屋の床は、板石のように、四センチの厚さの純金の板をしきつめている。窓でさえ黄金でできているのだから、この宮殿の豪華さは、まったく想像の範囲をこえているのだ。
(『東方見聞録』マルコ・ポーロ著 青木富太郎訳 社会思想社刊)


 ああん、もっと誉めて。
 いや、そうではなくて、これはいくらなんでも誉めすぎではないだろうか。確かに佐渡の金山などは有名とは言え、四センチの純金の板が敷き詰められた建物など聞いたことはない。あるいは、昔はあったのだが夜中に人々がこっそり忍び込んでカンナで少しずつ削り取っていくうちになくなってしまったのだろうか。それとも、富士の樹海の奥に黄金の宮殿が人知れず眠っているのだろうか。はたまた、大阪城の皮を一枚はぐと中から光り輝く純金の大阪城が現れるのだろうか。意外と、金箔を貼っただけの金閣寺を中まで全部黄金だと思い込んでいたのかもしれない。
 ところで、黄金の神殿を造るほど多量の金が日本国内で産出されたのであろうか。ちょっと気になって調べてみると、佐渡金山の産出量はおよそ七十六トン。日本全体ではおよそ五百六十トンである。まあ五百六十トンといってもなかなかピンとこないから、ここはやはり身近なものに換算してみよう。純金の野村監督像、あれが一個五十グラムである。すると、五百六十トンといえば野村監督像一千百二十万個分だ。なんてことだ。阪神ファン全員に一個ずつ配るだけの数さえないではないか。ううむ、日本の金産出量というのは、そんなに少なかったのか。
 ちなみに世界全体ではおよそ十万トン、これだけあればなんとか阪神ファン全員に配れるだろうが、これと比較すると日本の産出量は少ない。やはり鉱物資源に乏しい国である。
 とはいえ、金ではなく白金の鉱床なら房総半島の南部で発見されたことがある。ただのヘビより白ヘビ、ただのクマより白クマ、ただのアリより白アリが珍重されるように、金よりも白金の方が高価なのだからこれは貴重な発見だ。この鉱床について口承された話から考証して書かれたのが滝沢馬琴の『南総里見白金伝』である。もっともこの本、幕府ににらまれてすぐに発禁になってしまったが。
 まあそれはともかく、金鉱といっても金の含有率は意外と少ない。世界最大の金産出国南アフリカの金鉱床の金含有率は一トンあたり六グラムから八グラム、これでちゃんと採算が取れるのだから大したものである。それだけ金というのは高価なものなのだ。
 だとすれば、多少手間がかかる方法でもちゃんと儲かるのかもしれない。たとえば海水。海水にはさまざまな金属類が溶け込んでいるというのはよく聞く話だが、金も例外ではない。その量は、地球上の海水全体でおよそ五十億トン。ものすごい量だ。野村監督像何個分だろうか。こうなればもう、阪神ファン全員などとケチなことは言わない。巨人ファンにも恵んでやるぞ。阪神ファンは心が広いのだ。
 しかし海はさらに広い。五十億トンといっても、海水全体に薄まって入っているのだから採取するのは大変だ。一グラムの金を採取するのに東京ドーム四〜五杯分の海水が必要らしい。ううむ、ちょっとこれで儲けるのは難しいか。まあ儲かるのだったらとっくの昔にどこかの企業がやっているだろうから、儲からないのであろう。それにしても、なぜこういう時の例としては東京ドームが持ち出されることが多いのか。そんなものを持ち出されてもイメージがわきにくいではないか。もっと身近なものを例にすればいいのに。甲子園にしなさい、甲子園に。
 仕方ない、海水はあきらめて別の方法を使おう。金というのは実用的な用途はあまりないように思われているが、そんなことはない。酸にも強いし電気伝導率もいいので、針治療の針や半導体、電子部品、モジュラージャックなどにも使われているのだ。昔、『所さんの目がテン!』という番組で実際に電化製品のスクラップから金を採取する実験をやっていたが、スクラップ二トンから得られた金は二グラム。海水よりははるかに効率がいいが、それでもまだ採算ラインに乗せるのはちょっと無理なようだ。
 だが、この場合はスクラップの質にも影響されるだろう。テレビや冷蔵庫や洗濯機などは余分なものの重量がありすぎてあまり金など取れそうにない。もっと効率のいい電化製品、そう、重さの割に半導体やICの数が多いものを探せばいいのだ。だとすれば、やはり携帯電話だろう。これなら採算ラインに乗る。

 などといろいろ考えてきたが、携帯電話の生産量が多い日本は黄金の国と言っても……やっぱり過言か。
 まあいい。しかしそれにしても、ううむ、どこかに携帯電話のスクラップの山はないものか。富士の樹海の奥に携帯電話の墓場があったりはしないのだろうか。道に落ちている携帯電話を拾ったりして地道に集めるしかないのか。それとも、トラックで携帯電話工場に突っ込んでむりやり強奪してくるか。
 そんなことをするくらいなら、直接金塊を盗んだ方が早いって。




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