第310回   簒私誤録  2000.5.2





八〇九 駅の近くに住む人が、家の前に自転車を止められるので困っていた。「自転車を止めないでください」「ここは自転車置き場ではありません」などの貼り紙を貼ったがまったく効果がない。ところが、ある人の進言を受けて「ここは自転車捨て場です」という貼り紙を貼ったら、とたんに自転車がなくなった、という話。


八一〇 落語の起源は戦国時代に武将に仕えた御伽衆だと言われている。その代表が豊臣秀吉に仕えた曽呂利新左衛門である。
 頭の回転が抜群だった新左衛門、今日も秀吉を心地よい進言をしたとのことで喜ばせた。秀吉から「ほうびのものをつかわすから何でも申せ」と言われた新左衛門、こう答えたという。
「この広間の畳に、端の方から一畳目は米一粒、二畳目は二倍の二粒、三畳目はその倍の四粒、というように、二倍二倍と米を置き、広間の百畳分全部をいただきたい」
 秀吉はせいぜい米俵一俵か二俵くらいだと思い、にこにこしながら「欲がないやつだ」と承知した。ところがあとで勘定方の家来に計算させたところ、四畳までで十五粒、八畳で二百五十五粒、十六畳でも米一升(四万六千粒)くらいであるがその後急激に増えて三十二畳で千八百俵、百畳ともなると5.5×1023俵という膨大な量になることがわかった。これは、これまで人間が作った米全てを集めてもまだ足りないくらいの量である。秀吉は青くなり、新左衛門に謝ってほうびを別のものに替えてもらったという。


八一一 ボーッとテレビを見ていると、どこかの大草原で鹿が走っている画面の下の方に「ミュージカル」という字幕が出ていた。こんなところでミュージカルをやっているのか、と驚いてよく見ると、それは「ミュールジカ」だった。


八一二 中国の笑い話。
 子供に『論語』の素読を教えている先生がいた。授業の最中に急に眠くなってうとうとしてしまい、子供に起こされてはっと気がつき、あわてて「わしは夢に周公を見ていた」と言い訳をした。
 翌日、今度は子供が居眠りをした。先生が鞭で机を叩くと、子供は目を覚まして「わたしも夢に周公を見ていたのです」と答えた。
「それでは聞くが、周公はお前に何と言われた?」
「はい、昨日先生には会わなかったとおっしゃいました」


八一三 もう一つ、中国の笑い話。
 ある貴人が二階から、下にいる少年を読んで言った。
「お前は人をだますのがうまいそうだが、わしをうまくだまして下に降ろすことができるかね」
 すると少年は答えた。
「二階にいらっしゃるあなたをだまして下に降ろすなんて、そんなことができるわけがありません。もしあなたが下にいらっしゃるのでしたら、だまして二階にお上げすることはできますけど」
 貴人が降りてきて「よし、それじゃやってみろ。さあ、どうやってわしを二階に上げる?」と言うと、少年は答えた。
「ほら、あなたをだまして下へ降ろしたでしょう」


八一四 科学用語の中には、逆さ読みによって名付けられているものがある。
 電気抵抗をあらわすオーム(Ohm)に対して、その反対の電気の通りやすさをあらわすコンダクタンスの単位はモー(Mho)である。いるか座のα星はスアロキン、β星はロタネブと呼ばれる。その理由は長らく不明だったのだが、ようやく判明した。発見者であるイタリアの天文学者ピアッジが、助手のニコラウス・ベナトル(Nicholaus Venator)の名前を逆に綴って名付けたのだ。吸血鬼ドラキュラ(Dracula)はアルカード(Alucard)伯爵という偽名を使うことがあるが、これは科学用語ではない。
 この前、道を歩いていたら、腹に「ばからし」と書かれた観光バスを見つけて驚いたのだが、これももちろん科学用語とは関係ない。


八一五 電車のつり革につかまるとき、たいていの人は窓の方を向いてつかまっている。この時よく見てみると、一つおきのつり革につかまっていることが多い。隣のつり革につかまると、隣の人と体が触れあって窮屈そうである。なぜつり革の間隔はこんなに狭いのだろう。もう少し広くした方がつかまりやすいと思うのだが。
 実はこれ、つかまり方が間違っているのである。電車の製造規格で定められた「正しいつかまり方」というのは、体を電車の進行方向に向け、つまり窓が体の横に来るようにしてつかまるのだ、という。確かにこのように前の人の背中を見るようにしてつかまるとあの間隔でも狭くはないと思うが、電車の中で人がずらっと一列に並んでいる姿を想像すると何だかおかしくなってしまう。


八一六 二葉亭四迷、という名前を見てふと「落語家のような名前だな」と思ったら、弟子の名前をいろいろ思いついた。
 二葉亭小四迷、二葉亭迷雀、二葉亭迷々、二葉亭迷楽、二葉亭迷太郎、二葉亭三迷、二葉亭十六迷。最後のは「ししめい」と読む。


八一七 名勝地・日光で一番の観光名所といえばやはり東照宮だろうが、その隣にある二荒山(ふたらさん)神社となると少々知名度が低い。しかしこの神社の「ふたら」という名前が、実は日光という地名の起源なのだ。
 平安時代の初期、この地に神宮寺を建てたのは勝道上人だと伝えられるが、はじめは「補陀落(ふだらく)」という地名で呼ばれていた。これは梵語のPotalaka(ポタラカ)の音を写したもので、ポタラカとは観音菩薩が住むといわれる伝説の山のことだ。ちなみに日本では、和歌山県那智山の南にあたるところがそのポタラカであるとする信仰があって、補陀落山と呼ばれている。
 この補陀落がやがて「二荒」という当て字をされ、さらにそれを弘法大師が音読みして「にこう」、これに日光菩薩にかけた「日光」という漢字を当てて今の地名となったということだ。




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