第335回 あなたの町の七不思議 2001.5.20
そう、今回は七不思議の話である。
世界は七不思議で満ちている。あなたの住む町にだって、七不思議の一つや二つはあるだろう。ひょっとしたら七つくらいはあるかもしれない。
七不思議といえば、子供のころには「学校の七不思議」が流行っていた。三階の女子トイレの奥の個室には花子さんが住んでいるとか、夜誰もいないのに音楽室のピアノが鳴るとか、音楽室の壁に掛かったバッハの肖像画がニタリと笑うとか、理科室の人体骨格模型は初代校長の骨だとか、プールの水面に大きな女の顔が写るとか、二宮金次郎の銅像が夜中に校庭を走り回るとか、体育館の用具室から「ああん、いい、もっと」という声が聞こえるとか、である。まあしかし、これらは日本全国どこの学校に行っても似たような話ばかりで、あまりオリジナリティのある話はない。
七不思議といえば、有名なのは本所七不思議である。江戸時代に成立したと言われているから、由緒正しい七不思議だ。本所というのは現在の墨田区。駅でいえば、総武線の両国・錦糸町付近である。この界隈に七不思議が伝わっているのだ。それでは、その七不思議を一つずつ紹介していこう。
一.片葉の芦
両国橋の近くに駒止堀という堀があった。この堀に生える芦は、どういうわけか葉が茎の片方にしか出ていない不思議な芦であった。
なぜ片葉になったのかというと、これには因縁話がある。昔、横網に留蔵という男が住んでいて、この男が三笠町のお駒という娘に岡惚れをしていた。ところがお駒は留蔵になびかず、怒った留蔵はお駒を殺し、手足をばらばらにして駒止堀に投げ込んだ。それ以来、ここに生える芦はすべて片葉になってしまったという。かわいそうな話である。
二.津軽の太鼓
普通、火の見櫓では板木を使うものだが、本所にあった津軽越中守の屋敷では、板木を使わずに代わりに太鼓をぶら下げていたという。ただそれだけの話である。
三.置いてけ堀
現在の錦糸町駅付近の錦糸堀がこの不思議の舞台だと言われている。
この堀で釣りをしていると、山ほど魚が釣れる。しかし、その魚を持って帰ろうとすると、堀の底の方から「置いてけ〜、置いてけ〜」という不気味な声が聞こえるのだ。びっくりして逃げ出すが、あとで見てみると魚籠の中身は空っぽ、という恐ろしい話である。びくびく。
現在では堀で釣りをしていてもそのような声は聞こえないのだが、代わりに錦糸町駅前歓楽街のぼったくりバーなどで似たような声を聞いた者は多いという。読者諸賢も注意していただきたい。
四.狸囃子
秋の夜、どこからともなくにぎやかな祭囃子が聞こえてくる。祭でもやっているのかとそのお囃子の音を追いかけていくのだが、いつまで行っても近くならない。ふと気がつくと、とんでもなく遠いところに来てしまっている、という話だ。一説によると、ジョン万次郎はこの狸囃子に誘われてアメリカまで渡ってしまったらしい。
五.送り提灯
夜更けに一人で外を歩いていると、前方にぽつんと提灯の明かりが見える。こんな夜更けに誰が歩いているのかとその提灯の明かりを追いかけていくのだが、いつまで行っても近くならない。ふと気がつくと、とんでもなく遠いところに来てしまっている、という話だ。一説によると、ジョン万次郎はこの送り提灯に誘われてアメリカまで渡ってしまったらしい。
六.消えずの行灯
本所の南割り下水のあたりに夜泣きそば屋の屋台が出ている。なんの変哲もない屋台なのだが、いつ行っても誰もおらず、行灯の明かりだけが点いている。いつまで経っても消える気配すらない、という話である。一説によると、この屋台の主はジョン万次郎で、明かりを消し忘れてアメリカまで渡ってしまったらしい。
七.落ち葉なしの椎
隅田川沿いに松浦家という武家屋敷があり、その庭に大きな椎の木があった。この木は、どんな時でも一枚の葉も落としたことがないという奇妙な木だった。
実はその椎の木は枯れ木で、はじめから一枚も葉がついていなかった、というオチである。
八.足洗い屋敷
本所三笠町にある旗本の屋敷があった。この屋敷では、毎晩夜になると天井を突き破って大きな足が突き出してくる。そして上の方から「洗え、洗え」という声が聞こえてくるのだ。言われたとおりに洗ってやると足は引っ込むのだが、翌日になるとまた同じことが起こる。こんなことが連日連夜続いたのだ。
ほとほと困ったこの旗本は、ある夜思い立って代々伝わる家宝のガラスの靴をこの足にはかせてみた。すると、なんとぴったり合うのだ。驚いていると天井から美しい娘が降りてきた。旗本は、その娘と結婚して幸せに暮らしたという話である。
とまあ、以上が本所七不思議だ。
え、なんで七不思議なのに八つもあるのかって? そう、それがこの七不思議の最も不思議なところである。
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