第339回   夏ガソリンはじめました  2001.8.5





 車に乗っていつものガソリンスタンドへ行くと、いつもとは少し様子が違っていた。
 スタンドのあちこちに、白と水色ののぼりが立っていて風にひらめいている。そこにはこう書いてあった。
『夏ガソリンはじめました』
 そうか、夏ガソリンか。やっぱり暑い夏には冷やしたガソリンが一番だからな。かち割り氷を入れて、サクランボを浮かべて。ううっ、飲みたくなってきた。しかし運転中だ、我慢我慢。
 と、とりあえずボケておいてからツッコミに移る。なんだ夏ガソリンというのは。ガソリンは季節商品か。冬ガソリンや春ガソリンなどもあるというのか。どういうことか、はっきり説明してもらおうじゃないか。
 などとツッコんでいると、篠原ともえ似の店員が近づいてきたので聞いてみることにした。この夏ガソリンってのは、いったい何なんですか。
「はい、そりゃあもう、暑い夏には冷やしたガソリンが一番です。かち割り氷を入れて、サクランボを浮かべて。飲みたくなってきましたか? でも運転中ですよ、我慢我慢」
 こらこら、ボケがかぶってるぞ。
「すいません、とりあえずボケてみました。ええと、真面目に説明するとですね。ガソリンというのは暑ければ蒸発しやすいし、寒ければ蒸発しにくいものなんです。エンジンの中では、空気とガソリンの蒸気の割合が一定量になると、やっと爆発するわけです。だから、一年中同じガソリンを使っていると、夏と冬では爆発のしやすさが変わってきて、夏はエンジンがかかりやすいけど冬はかかりにくい、ってことになってしまします」
 ふむ、なるほど。
「だから、蒸発触媒を混ぜる量を多くしたり少なくしたりして、季節によってエンジンのかかりやすさに差が出ないように調整しているんです」
 そうか、そういうことだったのか。しかし、触媒とは、篠原ともえのくせにずいぶん難しい言葉を知っているなあ。
「季節だけじゃなくて、地域によっても違います。同じ夏ガソリンでも、北海道と沖縄では触媒の量に差があります」
 さらに説明を聞いてみると、地域では北海道・東北・関東〜中国四国・九州・沖縄と五種類。季節では夏・春秋・冬と三種類あるそうだ。この辺の分け方は石油会社によっても少しずつ違い、中には五十六億七千万種類もあって地球上のすべての場所はおろか月面車用ガソリンまでカバーしている会社もあるとかないとか。
 しかし、夏ガソリンとはひとつ勉強になった。体重計が北海道向けと沖縄向けで調整が違ったり、家電の電源周波数が西日本と東日本で違ったり、日清きつねどん兵衛が関西と関東でだしの味が違ったり、NTTが西と東で違ったりするのは知っていたが、まさがガソリンにも違いがあろうとは。まあ、ガソリンは普段あまり飲むものではないから、気付かなかったのも仕方ないか。
 というわけで、新鮮蔵出し生の夏ガソリンを入れてもらってスタンドを出る。気のせいか、走りも軽快になったようだ。しばらく走っていると、今度は自動車用品店の前にのぼりが立っているのが目に入った。そこにはこう書いてある。
『夏タイヤはじめました』
 そうか、夏タイヤか。熱帯夜には夏タイヤ。と、とりあえずボケておいて、さて、ちょっと寄ってここでも説明を聞いてみるか。




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