第349回   翼・置く・ダサい  2002.7.28





 かつて、中島みゆきという名の在野の研究者が、人類は鳥から進化したものだとの説を提唱したことがあった。
 しかし、その論拠は単に「人類には空を飛びたいという欲求がある」というだけのもので、はなはだ根拠薄弱である。今では、この説に賛同する者はほとんど存在しない。

 まあそのような異端の説はともかくとして、では、鳥は何から進化したのだろうか。現在のところ、恐竜から進化したのだという説が有力である。
 と聞くと、そうか鳥はプテラノドンのような翼竜から進化したのかと早とちりする人もいるかもしれない。しかしそれは間違いである。そもそも翼竜は恐竜ではないのである。恐竜の定義は何かというと、「直立歩行をする爬虫類」である。直立歩行という以上、陸上生物に限られるのだ。空を飛ぶプテラノドンのような翼竜、海に棲むプレシオザウルスのような海竜、イクチオザウルスのような魚竜は、恐竜ではないのである。だからネッシーも、おそらくは「恐竜の生き残り」などではない。
 そんな馬鹿なことがあるか、だって『恐竜戦隊ジュウレンジャー』のメンバーにはプテラノドン(プテラレンジャー)もいたではないか、との反論もあるかもしれない。しかしジュウレンジャーには、そもそも爬虫類ですらないマンモス(マンモスレンジャー)やサーベルタイガー(タイガーレンジャー)などもいたのである。まあ彼らは一億数千万年前に眠りについた古代戦士だし、それほど昔の人間であれば恐竜について間違った理解をしていても仕方あるまい。大目に見てやってほしい。

 閑話休題。
 そういうわけで、鳥は恐竜の子孫ではあるが、翼竜とは何の関係もないのだ。空を飛ぶという能力は、鳥と翼竜でそれぞれ独立に進化したのである。その他、空を飛ぶ動物といえば、コウモリがいる。哺乳類であるから、コウモリの空を飛ぶ能力も独立に進化したものである。空を飛ぶ能力は、都合三度、動物の進化の過程で出現したことになる。
 と、ここまで書いてふと考えたのだが、「三度」と言い切ってしまっていいのだろうか。この他にも、「空を飛ぶ」ことができるように見える動物は何種か存在する。
 まあ本当に飛んでいるかどうかは「空を飛ぶ」という言葉の定義にも影響されるのだが、とりあえず昆虫類については(彼らは地球生まれではなく宇宙から飛来した生物だとの説もあるので)おいておくとして話を脊椎動物のみに限っても、たとえばムササビはどうか。あれは飛行しているのか滑空しているのか。トビトカゲはどうか。あれは飛行しているのか滑空しているのか。トビヘビはどうか。まあこいつは飛行や滑空というより、単に「落ちている」だけにしか見えないが。トビネズミはどうか。こいつはジャンプしているだけか。さらに、トビウオはどうか。そういえば昔『殺人魚フライングキラー』という映画では、トビウオとピラニアをかけ合わせたという魚が空を飛んで人間を襲っていたが、あれは恐ろしかった。
 その他空を飛ぶ動物については、太平洋戦争直前のアメリカで耳の異常に大きいゾウの突然変異種がその耳で羽ばたいて飛んでいた、エリマキトカゲがそのエリマキをヘリコプターのプロペラのように回転させて飛んでいた、カメが手足を引っ込めてぐるぐる回転しながら飛んでいた、ライカ犬が人工衛星に乗って飛んでいた、などといった目撃情報もあるが、いま一つ信憑性に欠けるようだ。
 といった例を見てみると、やはり飛行と滑空とは区別した方がよさそうだ。こう定義しよう。飛行とは、翼や皮膜の力で、離陸した場所より高いところまで自らの体を持ち上げることである。こう定義しておけば、ムササビやトビトカゲは排除することができる。トビウオが排除できるかどうかは微妙なところだが、まあそれくらいは残しておいてやってもよかろう。
 ところで、こう定義してしまうと、鳥の中でも、「飛行できない」となってしまうものがかなり存在する。ダチョウやペンギンをはじめとして、モア・ドードー・ヤンバルクイナ・キウイなどである。ニワトリなども、今やかなり飛べなくなりかかっている。
 こうしてみると、鳥にとって空を飛ぶということはかなりしんどいことで、ちょっとでも油断をするとすぐに飛べなくなってしまうようだ。公園や神社などで人から餌をもらってのうのうと暮らしているハトどもも、あと数万年もすれば飛べなくなるに違いない。それに対して、飛べないコウモリや飛べない翼竜などというものは聞いたことがない。まあ、飛べないコウモリとは単なるネズミだということかもしれないが。
 それはそれとして、鳥にしろコウモリにしろ翼竜にしろ、例外なく前足の方を翼や皮膜に変化させているのはどういうわけか。長い生物進化の過程で、後足の方を変化させたような種が存在してもいいではないか。想像してみてもかなり不格好で、なかなかうまく飛べそうにはないけど。

 というのをオチにしようとしたのだが、そんな動物がちゃんと存在した。シャロヴィプテリクスというやつだ。検索すればいくつか画像も出てくる。困ったものである。
 まったく、生物学というのは油断のならない学問だ。おちおち雑文も書いていられない。




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