第45回   宇宙船進化論(前編) 1996.11.2


 漆黒の宇宙空間に浮かぶその「もの」は、とても宇宙船には見えなかった。
 その外見は、一言では説明できない。船体のあちこちから正体不明のノズル、安定翼、放熱板、その他なんだかわけのわからない物が突き出し、船窓やハッチは虫の食った跡のように無秩序に並び、何の意味があるのか、赤黄青緑などけばけばしい原色で塗りたくられている。対称軸などどこにもない。それどころか、どちらが前でどちらが後ろかさえ、判然としないのだ。
 このようなグロテスクな姿に「進化」するとは、予想外だった。しかも、この姿へと進化を導いたのは、宇宙局の設計部門に所属する、この私なのだ。
 なぜこのような事態になったのか、はじめから説明する必要があるだろう。

 恒星間航行を可能にするワープ航法は、かなり以前から理論的には可能であるとされてきた。しかし、はじめて無人の試験機が太陽系外縁でワープに成功したのは、二十年ほど前のことだ。
 それ以降、宇宙局は全力をそそいでワープ航法の実用化をめざしてきたが、その歩みは遅かった。事故率が高すぎるのだ。試験機の事故率は九割を越え、事故を起こした機体はほとんどが二度と通常空間へ戻ってくることはなく、原因については推測するしかなかった。
 それでも、なんとか手探りでワープエンジン、機体、コントロール系統などに細かな改良を加え、事故率は五割程度にまで低下したが、それが限界だった。原因がわからない以上、打つべき手もなかった。
 もちろん私も、数々の文献をあさりながら対策を考えていた。そしてある日、気分転換にとページをめくっていた生物学関連の文献から、そのアイデアを思いついたのだ。私は、さっそく上司に進言した。
「ここに至っては、事故の原因を究明することは不可能でしょう。ならば、原因が不明のままでも事故率を下げることのできる対策を採るべきです」
「そんなことが可能なのかね?」
「はい。宇宙船を『進化』させればよいのです。無事帰還した宇宙船には、我々の解析能力を越えているとはいえ、必ず何らかの共通したパターンがあるはずです。あるいは、いくつもの要素が相互に影響しあって、帰還条件を作っているのかもしれません」
「それはそうだが‥‥」
「ですから、帰還した宇宙船は『生存競争に勝利した』ものとみなせます。こうして、様々な宇宙船に『自然淘汰』を行わせればいいのです」
「なるほど」
「もちろん、自然淘汰だけでは進化は起きません。もう一つの要素、『突然変異』も必要です。宇宙船の設計パラメータすべてを遺伝子とみなし、生存競争に勝利した宇宙船たちの設計パラメータに、人為的に突然変異を起こさせます。これが第二世代となります。そして、この第二世代をさらに生存確率によって淘汰し、第三世代を産み出す‥‥。これをくり返せば、事故率は低下していくはずです」
 宇宙局としても、藁にもすがる気持ちだったのだろう、私の提案は即刻採用された。

 そして、宇宙船の進化が始まった。もちろん、これら膨大な進化情報のすべてを人間が把握することなどできない。運営は宇宙局のメインコンピュータに委ねられ、われわれ人間を観客として進化劇は続いていった。
 生物の進化と違い、突然変異率は非常に高く設定できる。従って進化のスピードも速く、期待したとおりに事故率はみるみる減少していった。
 しかし、この進化には予期せぬ弊害があった。宇宙船の姿が、事故率が減るにつれて奇妙なものへと変貌していったのだ。
「‥‥実用的な機械というものは、すべてある種の『機能美』を持っていると思ったのだが、この姿は何だね?」
「ええ‥‥。これは想像ですが、この奇妙な姿も、ワープ空間の中ではそれなりの『機能美』となっているのかもしれません。われわれ通常空間に住む人間からはグロテスクに見えても。思えば、事故の原因がわれわれには理解できなかった理由も、そのあたりにあるのではないでしょうか」

 さらに宇宙船の進化は続き、ついに事故率は「実質的にゼロ」のレベルまで落とすことができた。
 宇宙局は、有人宇宙船の建造をはじめることになる。その結果できあがったのが、冒頭で紹介した「なんだかわけのわからない、吐き気を催すような代物」である。
 だが、外見など気にはしていられなかった。なにしろ、かねてからの念願であった有人ワープ航行が可能になるのだ。背に腹はかえられない。
 外見に対してぶつぶつと文句を言う乗組員をなだめすかしながらも、有人の試験航行は成功した。しかし、またもや問題が発生した。試験航行を重ねるうちに、変調を訴える乗組員が増えてきたのだ。ワープ航行のせいかとも思ったが、診断の結果はそうではなかった。どうやらあの宇宙船の、グロテスクな外見が原因らしい。単に「グロテスク」なだけにはとどまらず、人間の精神に悪影響を及ぼすような、実害のあるおぞましさだったわけだ。乗船してしまえば外見は見えないわけだが、そして内部はなんとか普通の宇宙船にかなり近いようだが、「あのグロテスクな宇宙船に乗り込む」という行為が問題なのだ。

 難問である。これを解決しなければ、有人ワープ航行は実用化できない。
 私は考えはじめた。なんとか、対策をひねり出さねばなるまい‥‥。



 つづく(なんとか、後編をひねり出さねばなるまい‥‥)


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