今はもう昔の話ですが、冷戦たけなわの頃、近江忠衛(おうみ・ただえ)の描いた『ワルシャワ地球防衛軍』(夏声書院)という漫画がありました。作者もマイナーなら作品もマイナー、おそらく誰一人知らないことでしょう。今日はこの漫画の話。
日々、「誰でも知っていること」や「一部の人しか知らないこと」について語っていますが、たまにはこういう「誰一人知らないこと」もいいでしょう。
のぞみは、西ドイツへ亡命すること‥‥そんな屈折した感情を持つ、東ドイツ空軍に所属する少女ジークリンデ・ミュンスターベルガー(愛称リンダ)が主人公である。演習の最中に、リンダがついに意を決し、西ドイツへの亡命を企てるところから物語は始まる。首尾良く西ドイツ領空までたどり着いたのはよかったのだが、そこでは、西ドイツ空軍と「宇宙からの侵略者」の戦いが繰り広げられていた。結局、この侵略者の攻撃のために西ドイツは壊滅状態となり、リンダは辛くも東ドイツへと引き返すことになるのだが、心ならずも「侵略者と戦った英雄」に祭り上げられてしまい、対侵略者軍のエースとして抜擢されることになる。
話の舞台は、ここでベトナムへと移る。取り上げられるのは、グエン・リン・メイというベトナム人の少女である(しかし、ベトナム人の名字といえば、グエンしか知らんのか?)。彼女は米軍がおこなった「枯葉作戦」の犠牲者、という設定で(両手の指が六本ずつある)、アメリカに対して憎悪を抱いている。彼女も、東シナ海上空で、米空母が侵略者に襲撃されているのを目撃する。
はて、こういう風にあらすじ紹介を続けていていいのだろうか? でもまあ、せっかくだからもう少し。
全地球規模で侵略者の攻撃がおこなわれたわけだが、西側諸国がほとんど壊滅状態になったのに対し、東側諸国はほとんど無傷である。なぜ、西側諸国だけを攻撃したのか、その理由はまだ明らかにされない。生き残った東側諸国が協力し、ワルシャワ条約機構を母体とした『ワルシャワ地球防衛軍』が設立される。この防衛軍の中核をなす、エース部隊に所属するのが5人の少女たち、前述のリンダとリン・メイ、そしてあとの3人はそれぞれソ連・キューバ・北朝鮮から集うことになる(しかし、ワルシャワ条約機構に加盟していない国も混じってるぞ!)。それぞれのエピソードを披露しながら、5人がワルシャワに集結したところで、第1巻が終わる。この時点では、まだ侵略者の目的や正体は不明である。
てっきり第2巻も出ると思ったのだが、どうやら甘かったようだ。中断したまま、もう何年になるだろうか。中断の理由は、ソ連が崩壊したから‥‥ということではなく、単に人気がなかったから、というのが正解であろう。
うーむ、しかしこの作者、どうも余りよく「調べて」描いてないような気がする。軍事関係や枯葉作戦の後遺症などについては結構詳しいのだが、社会体制の描写が甘いのだ。これでは、西側諸国と大した違いはない。せっかく「社会主義体制下での地球防衛軍」という魅力的な設定を作ったのに、それが生きていないのだ。もったいないことである。
それとも単に、『ワルシャワ地球防衛軍』という語呂の良さにひかれて描き始めただけで、そこまで考えてはいなかったのか? どうだろう? ‥‥と聞いてみても、誰一人知らないわけだから答えが返ってくるはずはないか。