第76回   いいかげんな密室 1996.12.8


「さて、皆さん」私は言った。「そろそろ、事件解決の時が来たようです」
 ここは被害者の部屋だ。この部屋にいる人間は十人ほど。被害者の家族、友人、警察関係者などである。もちろん、この中に犯人はいる。みな、黙ったまま私の方を注目している。私の謎解きを一言も聞き漏らすまいとするかのように。
 関係者全員を一所に集めて、トリックを解明する‥‥探偵にとって、まさに至福の瞬間である。私は語り始めた。
「問題となっていたのは鍵の件です。被害者は、内側から鍵のかかった部屋で殺されていた。いわゆる、密室です。アパートの管理人が、合い鍵で中に入ろうとしたが、この鍵が合わない。結局、ドアをこわして中に入りました。いつの間にか、錠が付け替えられていたのです。そして、付け替えられた錠に合う鍵は、被害者が握りしめていた」
 相変わらず、誰も喋らない。私は続けた。
「付け替えられた錠と鍵。これが今回の事件の鍵だと思われていたのですが、実は、そうではないのです」
「どういうことです? 久遠寺さん」
 京都府警の四条警部が、はじめて口を開いた。
「被害者は、ダウンタウンのファンでした。ダウンタウンの出演する番組は欠かさず見ていた、ということです。すなわち‥‥鍵の違いやあらへんで、ということです」
「‥‥さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です」
 四条警部が感嘆したように言った。他の者は口を開けたまま、私の方を見つめている。私の推理の素晴らしさに驚き、声も出ないのであろう。

 私の名は久遠寺翔吾、JDC(日本探偵倶楽部)に所属する私立探偵である。
 JDCは、日本の私立探偵を統括する組織で、本部は京都にある。三百五十人ほどの探偵が所属しており、私もそのうちの一人だ。京都府警の四条警部とは去年からのつきあいで、『広目天殺人事件』『浦島伝説殺人事件』『青銅天使事件』など、共に解決した事件も多い。
 JDCに所属する探偵たちは、皆それぞれ、独創的で奇想天外な推理方法を駆使して事件の解決に当たる。たとえば、集中考疑、潜探推理、ジン推理、神通理気、迷推理、ファジィ推理、不眠閃考‥‥。いちいち説明はしていられないが、どれも素晴らしい推理方法だ。詳しく知りたければ、『コズミック』(清涼院流水・講談社ノベルス)をお読みいただきたい。
 そして、私の推理方法は、もうおわかりだろうが、『ダジャレ推理』である。
 ダジャレ‥‥私の場合それは、潜在意識の発露である。事件に関する情報を収集し、潜在意識に自由連想推理をさせる。そして、その推理の結果がダジャレとして顕在化するのだ。この推理方法が使えるのは、日本では私一人である。天賦の才能、というべきか。私の才能は、これですべてだ。それは全部の才能である。

 今回の事件は、「ある一点」を除いては、非常に単純だった。
 被害者は大和敏明、二十八才。一人暮らしのアパートの中で、死体で発見された。発見したのは恋人の播磨尚美だ。
 土曜日の朝、敏明を訪ねてきた尚美は自分の持っていた合い鍵ではドアが開かないことに気付き、不審に思って裏へ回り(敏明の部屋は一階である)窓の外から倒れている被害者を発見した。そしてそのまま、部屋には入らずに警察に通報した。駆けつけた警官が、アパートの管理人と共にドアを壊して中に入ったのだ。
 捜査の結果、以下の事実が判明している。
 死亡推定時刻は金曜の夜十時頃。死因は絞殺。部屋のドアも窓も、内側から鍵がかかっていた。
 ドアの錠と鍵は、金曜の夕方に敏明が業者に頼んで付け替えさせたものである。
 敏明には、しつこくつきまとう女性がいた。丹波美紀である。もちろん、敏明には尚美という恋人がいたので断ったのだが、美紀はあきらめず、異常とも思える態度で敏明を追いかけていたらしい。
 そして敏明は、数日前に部屋の合い鍵の一つをなくした。どうやら敏明は、美紀が盗んだものと思いこんだようだ。そこであわてて、錠と鍵を付け替えたのだ。
 当然、容疑は美紀にかかった。当日のアリバイもない。しかし、この密室の謎が解けない限り、逮捕はできなかった。

 私は話を続けた。
「みなさん、すでにおわかりかと思いますが、犯人は丹波美紀です。被害者にしつこく交際を迫ったが断られ、思わず殺してしまったのでしょう」
 美紀はうつむいたまま黙っている。四条警部が質問した。
「確かに嫌疑はかかっていますが‥‥そう断定する根拠は?」
「簡単なことです。被害者は絞殺死体で発見された。すなわち、『交際したい』と迫っていた美紀が犯人です」
「‥‥さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です」四条警部が言った。「で、密室のトリックの方は?」
「それも簡単なことです。皆さん、この窓を見てください」
 私は窓に近寄ると、『ガラス』に指を押しつけた。『ガラス』は、ほとんど抵抗もなくへこんでしまった。私は、そのまま『ガラス』をつかむと一気にひきはがした。
「久遠寺さん、それは‥‥!」
「そう、これはガラスではない。サランラップです。非常に単純なトリックでした」
「‥‥なんと! そんなことだったとは! 一体鑑識の連中は何を調べていたんだ!」
「鑑識を責めるのは酷というものです。まさか、ガラスの代わりにサランラップが貼ってあるとは誰も考えませんから」
「‥‥確かに。しかし久遠寺さん、よくこのトリックを見破れましたね」
「なに、簡単なことですよ。被害者は『烏丸(からすま)ベースボールクラブ』という野球チームに所属していて、そこでの打順は三、四、五番が多かった、つまり、烏丸クリーンナップ‥‥ガラスはクレラップ、というわけです」
「‥‥クレラップじゃなくて、サランラップじゃないんですか?」
 しまった。初めて四条警部からツッコミが入った。しかし、そんなことでうろたえる私ではない。
「メーカーの違いは問題ではありません。『烏丸ベースボールクラブ』の練習用のグラウンドのそばには、剣道場がありました。すなわち、グラウンド脇に竹刀‥‥ブランドは気にしない、ということです」
「なるほど、さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です。一瞬でも疑った私が馬鹿でした。‥‥おい、丹波美紀を連行しろ!」
 美紀は警官たちに連れて行かれた。ドアを出る直前、美紀がちらっと私の方を見た。その視線は、怨恨と軽蔑が入り交じった複雑な影を帯びていた。

 まあ、探偵たる者、犯人の恨みを買って一人前である。一人前の探偵になれない者は、犯人の後ろに立ってはいけない。なぜかというと、犯人前だからだ。


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