第120回   サイは投げられた 1997.3.6


 私の友人に、鳥羽直隆という男がいる。
 鳥羽はどうにもケンカっ早いやつで、すぐにもめ事を起こしてしまい仕事が長く続いたためしがない。そんな彼が最近コーヒー店に就職した、という話を聞いた。喫茶店ではなく、コーヒー豆などを売る店である。

 仕事の初日、彼は店長から簡単な説明を受けると、さっそく店頭に立った。もともと彼はコーヒー好きで、銘柄などにも詳しかったから戸惑うこともないはずだ。
 ほどなくして、さっそく客がやってきた。シーザーとブルータスである。
「いらっしゃいませ」
 鳥羽は愛想よくあいさつをした。いくらケンカっ早いといっても、さすがにいきなり客にケンカを売るようなことはしない。シーザーが答えた。
「やあ、この店に来るのは初めてだな。実は、いつもは近くの『北見珈琲店』に行くんだが、最近あそこが値上げしてねえ」
 北見高かった、というわけだ。
「私はキリマンジャロを頼むよ。ところで‥‥」
 シーザーはブルータスの方を向いて言った。
「ブルータス、お前モカ?」

 どうも、このダジャレが鳥羽の気に入らなかったようだ。私なども、くだらないダジャレを連発してよく鳥羽に怒られている。鳥羽は怒鳴った。
「そんなつまらんダジャレを言うな!」
「‥‥客のダジャレに文句をつけるのか、この店は」
 シーザーとブルータスは憤慨して、そのまま何も買わずに帰ってしまった。奥からあわてて店長が出てくる。
「おい、今のはなんだ! 客に対してあの言葉使いはないだろう!」
「うるせえ! 俺はつまらんダジャレが嫌いなんだよ!」
「そんな理由で客を怒鳴りつけるのか! お前はクビだ!」
「おお、クビで結構。こんな店、とっととやめてやる!」
 というわけで、彼は結局一日でクビになってしまった。売り子鳥羽に解雇鳥羽、である。


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