第121回   三月怪談 1997.3.9


 誰かがいる‥‥。
 私は、部屋の中を動き回る気配を感じて目をさました。どうやら、テレビを置いてあるあたりにいるらしい。声が聞こえるわけではないのだが、数十人ものざわざわとした気配が布団の中にまで伝わってくる。
 泥棒か? とも考えたが、一人暮らしの狭いアパートである。居間も寝室も区別はない。貧乏居間なし、というやつだから、そう何人もの人間が入れるわけはないのだ。
 まだ気配はある。何か重いものを持ち上げる音がした。私は思いきって、枕元の電灯をつけた。

 いた。
 身長二十センチほどの小人が数十人、私の部屋のテレビを押したり引いたりしながら運び出そうとしていた。
 小人たちは一瞬こちらを振り返ったが、再び何事もなかったかのように作業に夢中になった。
 窓を開け、窓枠の上にテレビを運び上げる。実に手際よく作業を進めているようだ。
 おいおい、それを持って行かれると、ファイナルファンタジー7ができなくなるじゃないか‥‥そんなことをぼんやりと考えながら、私は一部始終を見ていた。
 そして、最後の小人がきちんと窓を閉めて出ていったときに確信した。これは夢だ。夢に違いない。私は再び寝てしまった。

 翌朝、目覚めるとテレビがなかった。
 テレビを置いてあったあたりには、ほこりをこすった跡とそのほこりの上を歩き回った無数の小さな足跡がついていた。
 そういうわけでその日は、ファイナルファンタジー7は出来なかった。頼む、テレビを返してくれ‥‥そう祈りながら眠った。

 その翌日、テレビが戻ってきた。祈りが通じたのだろうか。
 しかし‥‥どうも、テレビが変わっているようだ。私のテレビはビクターだったはずなのに、戻ってきたのはソニーである。これはやはり、この余の物とは思えない。


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