第137回   2000年問題を考える 1997.6.1


 会議である。
『2000年問題を考える』という、主旨のよくわからない会議だ。うちの課に出席依頼が来たのだが、みんながいやがった結果、私の所にお鉢が回ってきたのだ。まったく、忙しいというのに迷惑なことである。

 2000年問題を知らない人のために、解説しておこう。
 21世紀を迎える年には、世界中でいろいろなイベントが企画されているようだ。21世紀のはじめの年というのは、本当は2001年なのだが、中には勘違いして2000年から21世紀だと思っているあわて者もいるようである。このようなあわて者にどう対処していくか? というのが『2000年問題』なのだが、なぜそれが社内で大問題になっているのだろう? 害があるわけでもなし、放っておけばすむ話じゃないのか?
 でもまあ、これも仕事とあれば仕方がない。私は会議室へ向かった。

 ちょっと遅れたらしく、会議はすでに始まっていた。
 すでに何人かが、バイラスを戦わせて‥‥いや、議論を戦わせている。
「なぜ今まで放っておいたんだ! 責任者、出てこい!」
「そんなことより、対策をどうするかが問題だ。誰か、アイデアのある人はいませんか?」
「どうでしょう、『見なかったことにする』ってのは?」
「どうせ人類は1999年に滅亡するんだ。2000年のことなんか考えても意味ないぞ!」
「だから言ったでしょう、西暦ではなく元号を使えって。元号なら、3ケタになることはないのに」
「でも、海外との取引はどうする?」
「もちろん、外国にも元号を使うように強制するのです。八紘一宇、進め一億火の玉だ!」
「‥‥誰だよ、こんなの連れてきたのは」
「とりあえず、ソフトの修正を開始しなければ間に合いません。どこから手をつけましょうか?」
「そりゃもちろん、ウチが損するようなところから、だよ」

 どうもおかしい。みんな一体、何を話し合っているのだ? 2000年問題についての会議じゃなかったのか? ひょっとして、私の方が何か勘違いをしているのだろうか?
 まあいい。よくあることだ。こういうときは、素知らぬ顔をして議論に参加すればいいのだ。

「対策というのは、そんなに難しいのかね? えーと、つまり、その、年号の入っている変数のケタを、2ケタから4ケタにするだけでいいんじゃないのか?」
「ええ、そうなんですが、どうも、それがかなり手間がかかるらしくて‥‥」
「なぜだ? 簡単なことだろうが」
「いや、私もソフトのことは詳しくないもので‥‥。どうだろう、うえだくん」
 ほら来た。顔ぶれを見回してみたが、どうやら私が一番ソフトに詳しいようだ。私は、はじめから知っていたような顔をして説明を始めた。
「まず、どこを修正しなければならないか、その場所を特定するだけで一苦労ですね。昔のソフトはドキュメントがきちんと残っていないものが多いですから。それと、単に4ケタにするだけではダメで、文脈に応じて特殊処理が必要になる部分も多いと思われます。まあ、基本的には『4ケタにする』という方針でいいのですが‥‥」
 そのとき、私はおそろしいことに気が付いた。この対策には根本的な問題がある。
「‥‥待ってください。4ケタにしても解決しません。問題を先送りしているだけです。西暦10000年になったらどうするんですか?」


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