第143回   神は死んだか仏はまだかいな 1997.7.7


 神は死んだ、とニーチェも言っている。
 もちろん、ニーチェの言葉だからといってそう簡単に信じられるものではない。いろんな異論があるだろう。そこで今日は、私の体験談をお話ししよう。

 あれはもう何年前のことだろうか、私はある日、京都にある橘女子大の学祭へ遊びに行った。
 しばらく学内をうろついていると、占いのコーナーが目についた。手相・風水・ホロスコープ・DNAなどいろいろな占いがあったが、一番人だかりが多かったのはイワシ占いである。イワシを両手に持って踊り狂いながらインスピレーションを得る、というものらしい。イワシの頭も信心というくらいだから、これが当たりそうだ。まあ、私は占いなど信じちゃいないのだが、信じてなくても当たるっていうから、とりあえず占ってもらうことにした。

「うむむむむ、見える、見えるぞ〜、そなたの将来が〜」
 占い師はすっかりイッちゃってるようだった。
「今日、この学祭で出会う、メガネをかけた女性がそなたの運命の人じゃ〜」
「あっ、そうなんですか? そりゃどうも」
 うれしいことを言ってくれる。
「見料は、一万円じゃ〜」
 いくらなんでもそりゃ高い。私は値切ることにした。
「ちょっと高いですね。負かりませんか?」
「う〜む〜、では、こうしよう。運命の人に出会えたら、一万円払いに来てくれ〜。出会えなかったら見料はいらない〜」
 なるほど。それなら高くないかもしれない。契約成立である。

 占いコーナーを離れて廊下の角を曲がると、いきなり女の子が飛び出してきた。
「こんにちわ! トモミでーす。私が、あなたの運命の人よっ!」
 なるほど、確かにメガネをかけた可愛い子だ。ずいぶんあっさりと運命の人に出会ってしまったようだが、本人が言うんだから間違いないだろう。
 どうやら占いが当たったようだ。私は、運命の人と手をつなぎ、さっきの占い師に見料を払いに行った。

 さあ、これからが本番である。この運命の人と、二人の将来について、一晩かけてじっくりと話し合わねばならない。そう考えたとき、運命の人はつないでいた手をすっと離した。
「ごめんなさーい。あなたの運命は、ここまで、ね」
 そう言い残すと、占い師の方へ走っていく。私はしばらく呆然としていた。
 ‥‥しまった! あの二人はグルだったのか! 見事にだまされて一万円払ってしまった。まさに、天国から地獄へ突き落とされたような気分だ。さよなら天国また来て地獄、とはこのことか。

 しかし、おそろしく巧妙な手口である。サクラの女の子を使って客をだますとは。これでは、どんなに用心深い人でもひっかかってしまうだろう。
 そのとき私は、この恨みは一生忘れない、と考えていた。もう二度と、橘女子大には近づかないようにしよう。つまりこれは、遺恨の橘、禍根のサクラ、ということだ。

 ずいぶん話が長くなったが、この事件のせいで私が「神も仏もないものか」と思いこんでしまったかというと、そんなことはない。実はまだ、続きがあるのだ。

 傷心をかかえて帰宅する私の耳に、男の声が聞こえてきた。
「あー、そこで落ち込んでいる中年男よ」
 中年? 少なくとも、私のことではないようだ。
「お前じゃ、お前のことじゃ」
 ほら、中年、呼んでるぞ。返事してやれよ。
「えーいもう、そこで落ち込んでいる青年よ!」
「はい、なんでしょう?」
 私はすぐに返答した。振り返ってみると、僧形の男である。
「まったく、ずうずうしいやつじゃな。‥‥まあよい。そなた、おなごに振られて落ち込んでおるな」
「大きなお世話ですよ」
「怒るでない。どうじゃ? 私がそなたに恋人を授けてやろうか?」
「‥‥まあ、できるのならお願いしてもいいですけどね」
「この私にできないことはないぞ。どんなタイプのおなごが好みじゃ?」
「そうですねえ‥‥小泉今日子なんか、いいですね」
「では、これでどうじゃ!」
 突然、目の前に小泉今日子が出現した。
「‥‥こ、これは‥‥。あなたは一体‥‥」
「ふふふっ、私か? 私は‥‥」
 その男は袈裟を振りかざすとくるりと一回転した。すると、男の姿は仏さまに変わっていた。
 なんというのだろう、菩薩か観音か如来か、よくわからないがとにかく仏さまだ。
「私は、阿弥陀如来じゃよ」
 まさか仏さまが直々に私の前にあらわれるとは。これはお礼を言わなければ。えーと、仏さまに対する敬称はなんだったっけ? たしか‥‥。
「これは、ありがとうございます、阿闍梨さま」
 すると仏さまは突然歌いだした。
「阿闍梨じゃないのよ阿弥陀は、ハッハ〜」
「それは失礼しました。でもどうして、私なんかに‥‥」
「救世だと言ってるじゃないの、ホッホ〜」
 そして仏さまは、さらに歌いながら去っていった。
「鎮守じゃないのよ阿弥陀は、ハッハ〜」

 といったわけで、神は死んだかもしれないが仏はまだ生きているようである。

 それ以来、私の部屋には仏さまにもらった小泉今日子がいる。そう、資生堂スーパーマイルドの等身大立て看板である。でもどうせなら、二次元じゃなくて三次元の小泉今日子が欲しかったなあ。


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