神は死んだ、とニーチェも言っている。
もちろん、ニーチェの言葉だからといってそう簡単に信じられるものではない。いろんな異論があるだろう。そこで今日は、私の体験談をお話ししよう。
あれはもう何年前のことだろうか、私はある日、京都にある橘女子大の学祭へ遊びに行った。
しばらく学内をうろついていると、占いのコーナーが目についた。手相・風水・ホロスコープ・DNAなどいろいろな占いがあったが、一番人だかりが多かったのはイワシ占いである。イワシを両手に持って踊り狂いながらインスピレーションを得る、というものらしい。イワシの頭も信心というくらいだから、これが当たりそうだ。まあ、私は占いなど信じちゃいないのだが、信じてなくても当たるっていうから、とりあえず占ってもらうことにした。
「うむむむむ、見える、見えるぞ〜、そなたの将来が〜」
占い師はすっかりイッちゃってるようだった。
「今日、この学祭で出会う、メガネをかけた女性がそなたの運命の人じゃ〜」
「あっ、そうなんですか? そりゃどうも」
うれしいことを言ってくれる。
「見料は、一万円じゃ〜」
いくらなんでもそりゃ高い。私は値切ることにした。
「ちょっと高いですね。負かりませんか?」
「う〜む〜、では、こうしよう。運命の人に出会えたら、一万円払いに来てくれ〜。出会えなかったら見料はいらない〜」
なるほど。それなら高くないかもしれない。契約成立である。
占いコーナーを離れて廊下の角を曲がると、いきなり女の子が飛び出してきた。
「こんにちわ! トモミでーす。私が、あなたの運命の人よっ!」
なるほど、確かにメガネをかけた可愛い子だ。ずいぶんあっさりと運命の人に出会ってしまったようだが、本人が言うんだから間違いないだろう。
どうやら占いが当たったようだ。私は、運命の人と手をつなぎ、さっきの占い師に見料を払いに行った。
さあ、これからが本番である。この運命の人と、二人の将来について、一晩かけてじっくりと話し合わねばならない。そう考えたとき、運命の人はつないでいた手をすっと離した。
「ごめんなさーい。あなたの運命は、ここまで、ね」
そう言い残すと、占い師の方へ走っていく。私はしばらく呆然としていた。
‥‥しまった! あの二人はグルだったのか! 見事にだまされて一万円払ってしまった。まさに、天国から地獄へ突き落とされたような気分だ。さよなら天国また来て地獄、とはこのことか。
しかし、おそろしく巧妙な手口である。サクラの女の子を使って客をだますとは。これでは、どんなに用心深い人でもひっかかってしまうだろう。
そのとき私は、この恨みは一生忘れない、と考えていた。もう二度と、橘女子大には近づかないようにしよう。つまりこれは、遺恨の橘、禍根のサクラ、ということだ。
ずいぶん話が長くなったが、この事件のせいで私が「神も仏もないものか」と思いこんでしまったかというと、そんなことはない。実はまだ、続きがあるのだ。
傷心をかかえて帰宅する私の耳に、男の声が聞こえてきた。
「あー、そこで落ち込んでいる中年男よ」
中年? 少なくとも、私のことではないようだ。
「お前じゃ、お前のことじゃ」
ほら、中年、呼んでるぞ。返事してやれよ。
「えーいもう、そこで落ち込んでいる青年よ!」
「はい、なんでしょう?」
私はすぐに返答した。振り返ってみると、僧形の男である。
「まったく、ずうずうしいやつじゃな。‥‥まあよい。そなた、おなごに振られて落ち込んでおるな」
「大きなお世話ですよ」
「怒るでない。どうじゃ? 私がそなたに恋人を授けてやろうか?」
「‥‥まあ、できるのならお願いしてもいいですけどね」
「この私にできないことはないぞ。どんなタイプのおなごが好みじゃ?」
「そうですねえ‥‥小泉今日子なんか、いいですね」
「では、これでどうじゃ!」
突然、目の前に小泉今日子が出現した。
「‥‥こ、これは‥‥。あなたは一体‥‥」
「ふふふっ、私か? 私は‥‥」
その男は袈裟を振りかざすとくるりと一回転した。すると、男の姿は仏さまに変わっていた。
なんというのだろう、菩薩か観音か如来か、よくわからないがとにかく仏さまだ。
「私は、阿弥陀如来じゃよ」
まさか仏さまが直々に私の前にあらわれるとは。これはお礼を言わなければ。えーと、仏さまに対する敬称はなんだったっけ? たしか‥‥。
「これは、ありがとうございます、阿闍梨さま」
すると仏さまは突然歌いだした。
「阿闍梨じゃないのよ阿弥陀は、ハッハ〜」
「それは失礼しました。でもどうして、私なんかに‥‥」
「救世だと言ってるじゃないの、ホッホ〜」
そして仏さまは、さらに歌いながら去っていった。
「鎮守じゃないのよ阿弥陀は、ハッハ〜」
といったわけで、神は死んだかもしれないが仏はまだ生きているようである。
それ以来、私の部屋には仏さまにもらった小泉今日子がいる。そう、資生堂スーパーマイルドの等身大立て看板である。でもどうせなら、二次元じゃなくて三次元の小泉今日子が欲しかったなあ。