夏の夕暮れ時。
その少女は、踏切の中に立っていた。
年齢は、十歳くらいだろうか。丸い顔に、肩の上で切りそろえられたまっすぐな髪。白いブラウスに赤いスカートをはいている。
すでに警報機が鳴り遮断機も降りているのに、少女は線路の上から動こうとしない。
踏切の前には、止まっている車が一台。通行人も数人。しかし、誰も少女には気付いていないようだ。
そろそろ電車が来る‥‥電車の方向に一瞬目を向け、再び踏切へ目を戻したとき、少女はいなくなっていた。
電車が通過し、遮断機が上がる。人々は、何事もなかったかのように歩き出す。
あたりを見回しても、その少女の姿はなかった。
そして翌日も、私はその少女を見た。
同じ夕暮れ時。同じ服装。そして、私以外の人が少女に気付いていないのも同じ。
一瞬ためらったのち、私は、踏切の脇に備え付けられている非常用の報知器へ向かって走った。
だが、私が報知器の前にたどり着いたとき、その少女の姿はなかった。
私は呆然と立ち尽くす。その横を、人々が不審気な目を向けながら通り過ぎていく。
少女は本当に存在しているのだろうか。それとも私は幻を見ているのか。
さらに翌日。
気味が悪いくらい似通った状況で、また少女を見た。これで三度目だ。今度こそ、はっきりさせてやる。
私はためらわず、すぐに報知器へ駆け付けた。
報知器のボタンを押す寸前に、もう一度踏切の中を見た。
少女は、まだそこに立っていた。そして、私の方を見ている。少女と目があった。
少女はかすかに微笑むと、私を見つめたまま小さくつぶやいた。そのつぶやきは、警報機の音の中で、妙にはっきりと聞こえた。
「おじさんには、あたしが見えるのね‥‥」
電車が通過する寸前、少女は煙のように消えていた。
私は、電車が通過したあともしばらくは動けなかった。
我にかえってみると、私の指は、報知器のボタンに触れるか触れないか、というところで止まっていた。
そう、寸止めの報知器、ということだ。